小話 6
□いざない。
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(※エース)
「「「乾杯〜〜!」」」
ガラスの酒器を控えめな音を立て合わせ、多少の中身を飛ばしつつ何度目かの大声が上がる。
グラスの中身は上陸した島の地酒。オヤジの口にも合ったようで、次から次へと杯を干す姿にナースのお姉様たちが周囲を固め、チクチクとお小言と花を添えている。
…訪れた島はちょうど『花祭り』の時期であり、わたしたち白ひげ海賊団も問題を起こさない事を条件に祭りへの参加を許された。
弦を張った見たことのない楽器を奏で、独特の節回しの唄が流れ、ヒラヒラした布にも髪にも花の装飾をした衣装の島民が踊る様は美しい。
「あー、酒が進む…つーかコレ食った?見た目が花畑なのにすげえ美味いんだけど」
「花で色を付けた酒って聞いたが、甘いわけじゃねえしめちゃくちゃ飲みやすい!」
そこかしこで上がる乾杯の音頭と大きな笑い声が、海賊たちとは違って激しさはないのに耳を揺さぶる。
朧げな電飾、蝋燭を灯した籠を持ち駆ける子供達は各々の好みの面をつけ顔を隠し、くすくすと笑い光の尾を残す。
綺麗だなあ、と思わずため息が出た。非日常に胸躍り、初めて見る景色なのにどこか懐かしくて。色ガラスの酒器は光を反射してキラキラする。わたしはそれを手にうっとりと明かりと音とに酔いしれ…。
「オイオイ今の女!こっち見て笑ったぞ?!…もしかして誘われてる??この島の女っていい女しかいないの?」
「あっちの踊り子も色っぽいぜ。歌い手もいい声だしよ」
雰囲気ぶち壊しである。ウチの野郎どもときたら何故、こうも情緒がないものか。別の所で飲めば良かった。後悔するわたしにさらなる追い討ちがかかった。
「おいエース起きろ!お前、この中から今晩のお相手選べるとしたら誰がいい?」
「んあ?それ食わないなら食って良いか」
「馬鹿!オレの飯に手を出すな!…お前も男なら食い気だけじゃなく色事も興味あるだろ?どの娘だ?あの胸のデカい娘?それとも尻のこう、バーンとでかいあっちの娘か?」
酔っ払いがクソうざいってのは国も時代も選ばない。古今東西、酔っ払いはクソ。はっきりわかるんだね!
「ねえ、わたしが居ない時にやってくれない?そういうゲス話」
お姉様が居る時はお行儀良く下ネタなんて言いません!って顔で無駄な努力してるくせに。姿が見えなきゃコレだ。嫌味を添えて釘を刺すが酔っ払いに話が通じる道理はなく。
エースの食べていた皿を遠ざけおあずけさせて、欲しけりゃ素直に言っちまえと囃し立てる。
なるほどーわたしを女にカウントしてないんだな?舐め腐りやがって。この眉間の不愉快渓谷が見えないの?随分と楽しそうだな酔っ払い共が。
手元の酒とつまみ持って場所移動するかと考えて皿に手をかけたところで、攻防の末に皿を取り返したエースが口を開く。
「顔がどうとかよくわからねえけど。俺は噛みつきたくなる肉の女が好きだ。二の腕とか首の後ろとか太ももの内側とか、歯を立てたくなる。手触り…歯触り?って言うのか?なんとなく見ると解るんだけどさ。触った時に自分の手に馴染む身体の人がいい」
注文の多いエース店…わたしたちは一気にスン…と真顔になり、エースは凍った空気に気が付かないのか手元へ戻ってきた皿を空けてお酒で喉を潤す。初心な反応を期待していただろう仲間たちは聞かなかった事にして踊り子に手拍子を送り出した。巻き添え食って闇を覗いてしまったわ。
「ええと、エースって女の子に興味ないのかと思ってたけど、なんていうか…うん、まあ好みは人それぞれよね」
席を立つタイミングも手拍子に逃げるタイミングも逸したので、仕方なくヤケ酒をキメようとエースを酒の肴にした。
「うん、前から良いなと思ってる相手は居るんだ」
グラスについていた花の飾りを手で弄びながらこっちをじっと見るエース。もしやウチのお姉様か同盟船の誰か?と疑問から一転。視線の意図を察知して息が詰まる。もしかしなくてもわたしか?
「あのさあ、そういう冗談らしくないよ?今の話ってわたしと全然違うじゃん」
「何で冗談だって思うんだよ」
「見りゃ解るでしょ?わたしの肌は傷だらけだし。年中日焼けで色白じゃないし、それに…」
「初めて見た時からあんたは綺麗だし、今はもっと綺麗だ。そんな風に言うなよ」
「!!」
言葉を遮って口を尖らせるエースの目が、わたしの服から出ている肌を這う。こっち見るな。見るなつってんだろ。そんな訳あるはずないじゃん。揶揄ってるに決まってる。
「なあ。あんたは俺の事、ちょっとでも可能性ないのか。今夜部屋で待ってるから『お情け』をかけてくれんなら来てくれよ」
手持ち無沙汰に弄っていた飾り花をわたしの耳に挿し、ご馳走様と手を合わせたエースは仲間に『部屋に戻る』と告げ、振り返らずに賑わう人並みに混ざって見えなくなる。
腕時計を見る。午後11時を回ってる。今夜はあと一時間もしないうちに終わる。
…待って
待って、
待って!!!
(来てくれたら良いんだけどなあ)
→(マルコ)