小話 6


□可視光線。
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(拍手お礼/エース)





オヤジの船で出会い家族になり兄弟として仲間として、時には背を預け合う戦友として過ごした日々。長いとは言えない付き合いなのに昔馴染み宛らの仲だと自負していた。
…そんな君が誰に愛を語るのを見たのは初めてだった。

もう半年前の、今夜みたいに月の明るい夜。
人当たり良いエースに好意を寄せていた私は、彼がお酒を共にしていた女性を家に送ると聞きつけ後をつけた。勝手に抱いた淡い恋を持て余して過ごしたせいかな。邪魔するつもりはないからと誰にともなく言い訳しつつ、女の子の呼び出しを受けるエースの後をつけ聞き耳を立てる悪癖を繰り返していたのだ。







「この肉うっま、もっと作れるか?」


港町の小洒落たバーカウンターは島の中では旅人向けだろうな。女性店員たちは容姿で雇われたみたいに揃って見目麗しく、連日通った身としては彼女たちが娼婦の兼業だと既に知っている。


「あはは、エースってよく食べるね!美味しそうにたくさん食べてくれるの嬉しいな」


浅葱色の髪のその人の笑みは明るく、カウンターに陣取ったウチの連中からだらしのない視線が注がれたが、お姉さんの視線はエースに据えられたまま。

…不服な事実だがウチの期待の元新入り殿はおモテになる。滞在期間が伸びるほど、町娘や娼婦たちは少し不器用な丁寧さに親近感を抱き、爽やかな笑顔に好意を高めて。彼女たちが頬を染めエースを呼ぶ場面を見るたびに『またか』と思い、同時に素直に想いを伝える勇気に羨望を感じた。

きっとバチが当たったんだ、覗き見を繰り返したから。あの半年前の一件は今思い出しても胸を焼く。


『…好きなんだ。いやその、特別な意味の好きっていうか』


長期滞在した島で仲良くなったバンビみたいな目の大きな元気な子。ちょうどあの店員のお姉さんと同じ浅葱色の短髪で、慣れた道でも女一人は夜は危ないからってエースが送って行ったのだ。

その結果、数ある告白を辿々しいNOで断り続けたエースが愛を告げる場面に立ち会ってしまった。これを不幸と言わずしてなんと言う?息の仕方を忘れた口を両手で押さえ、迫り上がるみっともない感情を押し込めて暗い夜道を一人で逃げた。


「…肉、ぐがー…」

「きゃ!…もう心臓に悪いなあ、起きてエース」


ゴン!と音を立てて頭を皿に突っ込むエースをお姉さんがニコニコつつき、周囲から『またやってるよアイツ』って笑い声。私はため息ついて自分の酒代をテーブルに出して席を立つ。


「〜〜なあ、置いてくなよ!起きたら居ないとか驚くだろ!」


目覚めとともに走ってきたのか、息を切らせたエースに手首を掴まれ立ち止まる。
私や仲間には勿論、エースは街で出会う人たちに優しいけれど、誰か一人特別な相手を作るのを見たことがなかった。私の知る限りずっとだ。それなのに。


「…少し酔ったから早めに帰ろうと思ったのよ」


嘘を伝えたのに納得したよう頷き、当たり前に手を繋いで先導し始める。どうやらウチまで送るつもりなのだと言葉にせずとも解った。


「一人で帰れるわ、エースはまだ食べ足りないんじゃないの?」

「あんた酔ってるんだろ、転ぶかもしれない。そもそも帰るなら起こしてくれよ」


ウチでも飯は食えるし一緒に帰ればいいだろ、と続けられる言葉が胸にも耳にも痛くって重い息が口から溢れる。


「あのさ。俺これ以上何して良いかよく解らないんだけど…『アレ』からずっとあんた変だし。避けるのやめろよ」


炭火で心臓を焼かれてるみたいだ。じわじわといつまでも焦げて痛みが増すばかり。
エースの言う通りだ。私は良い加減に受け入れるべきだ、あの月夜に見聞きしたのが事実なのだと。
目を引く楽しげな笑顔で意外と面倒見良く、きっとそのうち隊長を任されるだろう器量。ナースのお姉さんに可愛がられ街に出れば無自覚に女の子を惚れさせ、出港前に言い寄られる。

雑なくせに丁寧。私より冒険歴短いくせに妙に勘が良くて困ったら助けてくれて。
…だけどあんな優しさを煮詰めた瞳を向けるエースなんて知らない。知らなかったから気安く隣で過ごせていた。


「あと何回あんたに言えば信じるんだ。本当のやつって何回も言っただろ」

「あっ!」


腕に引き寄せられ星が散る。
あの晩、エースから特別を貰ったの私なのだ。甘い恋情を込めた目で好きだと射抜かれて逃げ出し、まさか嘘なのでは冗談だろうと何度も聞き返した。


「あんたも俺のこと好きなくせに。何で逃げるんだ。意地悪するなよ」


その度にエースが口にする偽りない真っ直ぐな胸中と、ほんの僅か不安に揺れる黒い目が私を激情の渦に叩き落とす。今みたいに何度も。




早く

好きって

言って。





(…グスッ、涙出そう)

(えっ、え…待ってハンカチどこだ?!)




→マルコ
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