小話 6
□湯煙の中で。
1ﾍﾟｰｼﾞ/3ﾍﾟｰｼﾞ
(ACE)
寒い季節。冬島では地からお湯が湧き出る場所がいくつかあり、それは島の特産品の一部で大事な観光資源だ。
地域の住人が組合を作り管理する『お湯の資源』…つまり温泉街がある。
オヤジのシマの定期視察に来たあたしはせっかくなので金を落としていこうと宿を一つ取った。
「…ああ、美味い！」
趣のある宿は広く、部屋の中には空調機の他に炬燵が備え付けられている。
運ばれた食事は山の幸たっぷりの鍋と川魚の塩焼き、何より地酒。
最高に美味い。
窓の外にちらつく雪さえ酒の肴になる。
「…ん？」
しんしんと降る雪。
静かで、時折聞こえる風の音をBGMに浸っていたあたしの耳にしっぽり感ぶち壊しの足音が聞こえた。
スリッパが廊下をけたたましく駆けてきたと思えば部屋の前で止まり、勢いよく扉が開く。
「おい、大変だぞ！」
「…あたしの静寂をぶち壊すな」
転げながら入ってきたのは同じ偵察任務についたエースだった。
走っているうちに乱れた浴衣からは胸筋から臍あたりまで丸見え。が、エースはいつも半裸なので指摘はしない。
「見ろよ、これ！」
あたしの手から猪口を取り上げて代わりに乗せたのはとあるオモチャ。
黄色いボディにオレンジの嘴と黒い目。
「…ひよこ、じゃないわね。アヒルかな？どうしたのコレ」
ほんのり温かい。
お土産に買って来たにしては剥き出しなのはおかしいとエースを見ると、ものすごい目をキラキラせていた。
「風呂！風呂に入ってた！これ！すげーいっぱいいたんだよ！！」
「落ち着いて、あとうるさい」
なんでも『アヒル風呂』と書いた看板の浴場の暖簾を潜り、服を脱いで足を踏み入れれば湯の中にたくさんの『アヒルちゃん』で溢れていたらしい。
「…で？コレ勝手に持って来たの？」
「でっかいのとか帽子被ったやつとか背中にアヒルちゃんの子供乗るやつとか！いろいろ居た！！」
「それはそれは」
相当気に入ったらしい。
たしかにエースは普通から少し変わったものを好む。一匹二匹じゃない数が浴槽に浮いてたらテンション爆上がりも無理はない。
「なあ、あんたも入ろう！きっと気にいるよ！」
「えー、これ飲んだらね」
変な風呂に入るより酒だ酒。
燗した酒に手を伸ばすもエースが先に奪い取ってしまった。
「返してよ」
「個人風呂もアヒルちゃん入ってるって、フロントで言ってた。空いてたから予約した。ほら今すぐ行こう、早く！」
個人風呂を予約？エースが？
と腕を引かれるまま廊下を進み、一つの暖簾を潜る。
脱衣所は狭くどうやら大浴場とは違ったスタイルの風呂場らしい。
「っ、エース何で脱ぐのよ？！」
「風呂入るんだし脱ぐだろ？あんたも早く脱げよ」
「やめなさいよ！脱がすな何で一緒に入ろうとしてんの！！？」
あたしの浴衣の帯を互いに掴んで綱引き状態。
エースの方はすでに一矢纏わぬ姿になってる。潔く脱ぎすぎでは？！恥じらえよ青年！
「俺しか見てねえのに何が恥ずかしいんだよ」
「普段から半裸のやつには解らないでしょうね」
諦めて自分で脱ぐからとエースを先に浴室に追払い、溜息ついて浴衣を脱いだ。どうせあたしの裸など何ともないって事だろう。
一応タオルで前を隠し浴場のドアを開けると黄色いアヒルの群れと、白い湯気の向こうでエースが手招きするのが見えた。
「ほら。酒飲むんだろ」
お盆に大徳利と枡が二つ。いつ持ち込んだのか、アヒルの大群に紛れて浮いている。
そばかすの散る頬と首を赤くしたエースが、手当たり次第にアヒルを手に取っては水面を滑らせ遊ぶ。
ニコニコしちゃって、デカい図体の子供だこと。
「…はー…悪くないかな」
手にした枡を傾ければ酒が喉を通り、酒精が香る。あたしの呟きが聞こえたのか殊更笑みを深くしたエースが泳ぐように隣に来て肩を触れさせた。
部屋で飲んだ時より酒が格別に美味いなんて、言ってやらないけど。
隣で笑って
もっとずっと。
→(MARCO)