小話 6


□モビーディック社製品PR.
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(THATCH)





ピピ…と小さな電子音がなってそれは起動した。


「…システム起動。はじめまして、俺はサッチ。あなたがマスターですね」


買ってしまった。気乗りしない買い物だったが仕方ない。モビーディック社のアンドロイド・TYPE004:THATCHは絶賛の口コミ通りの働きをしてくれるだろうか?


「…マスター?」


買う奴そんなにいないだろという桁の金額を一括払い。
バカかと思うほど高いのはオプション全部付けたからだ。説明書は流し見だけど機能は付いてるに越したことはないだろう。

どうでもいい、私はお金ならあるのよ。

…このボディカスタマイズ不可ってのが難点だ。サイズは解ってても嵩張る。
リーゼント?ダサい。あと髭は要らないでしょ。

滑らかに動いて喋る最先端の技術を盛り込めるだけ詰め込んだ人型自動機械は肌質も音声も人そのもの。解体してみたい。


「……おーい。あなたですよあなた!お返事くらいして欲しいなァ、マスター!聞いてます?」

「うるさいわね」


人好きのする笑みを浮かべたTHATCHが困ったように眉を下げる。思わず声を苛立たせ返事を返した。


「はい。まず認証だけは済ませてください。認証方法の説明は必要ですか?」


認証方法は互いの手を合わせ私の指紋と生体反応を覚えさせる事。
五秒くらいの手合わせでバイタルチェックまでできるらしい。


「よし。今日からよろしくどうぞ!マスター」


に、と陽キャ代表みたいな笑い方をしたTHATCHはガサガサと自分の入ってきた段ボールを片付け始める。


「早速だけど部屋の掃除もして」

「俺、家事特化型なんでお任せあれ。触って欲しくないものはどれですか?ゴミの日とマスターの普段の生活を教えておいて貰えるとこの先スムーズです」


ほんとに人間みたいだ。
機械っぽいところがないんだけど。


「俺のマスターはめちゃくちゃ不摂生な生活してますね。在宅勤務の負の面って感じ。え出勤日も普通にあるの?…あー仕事漬けって訳か」

「そのマスターってのやめて。鬱陶しい」


人の家事代行サービスが嫌で大枚叩いて買った家電なのにこうも人っぽいとは。イライラしてくると教えると、THATCHは少し考える間を置いて頷いた。


「イエス、マイロード」

「…クーリングオフって出来たはずだよね」

「待って待って!すみませんすみません本当に待って!!何とお呼びします?お嬢さん?お姫様?指定してくれませんか!?」

「名前で呼ばれるのは嫌だしご主人様みたいなやつもやめて」


図体でかいのに頭弱いのかしら。本当にこれ役に立つの?あの口コミはサクラか?!


「……君、とか貴方なら気に障りませんか?」

「…とりあえずそれで良いわ。早く掃除して。ここと隣のベッドルーム、あと廊下と玄関。もう一部屋は後日でいい。ゴミの日は知らないから自分で調べて。床に落ちてるものは全部捨てて」


灰皿に山盛りのタバコの吸い殻、床に転がる酒と栄養剤の空き瓶とエナジードリンクの空き缶、ペットボトル。レトルト食品とコンビニの袋が入り乱れている。
私が机の上は触らないでと言うと心得ましたと言わんばかりの目で見られた。


「やり甲斐あるわー、換気のため窓開けますよ。君は仕事の続きしてる?ちょっとうるさくなるけど大丈夫?」

「ヘッドフォンつけるから。不明点、疑問点はこっちの端末にメッセージで送って」


THATCHは付属品の端末を操作して私の端末番号を登録した。掃除機ある?の問いに必要なら買って来いとクレジットカードを渡し、ついでに煙草とお酒とお湯さえあれば食べられる簡易食を頼んだ。
自分以外の動くものが目に付いたけど、PC画面を見ているうちに気にならなくなった。





「ねえ君…休憩時間だよ」

「!」


ヘッドフォンから流していた曲が止まり鳥肌が立つような甘く掠れた声がした。
耳元で囁くような音声に勢いよくヘッドフォンをむしり取る。


「はいティータイムでーす。仕事関連機械の機能フリーズさせて貰ったぜ。データは飛んだりしてないから安心安全!」


…どっから今の声出してんのよ!!と叫ぶ前に固まった。汚部屋がお部屋に戻っていたし零した赤ワインの染みとタバコの焦げ跡満載の座る機能を忘れたソファも綺麗になっている。ここ私の部屋…だよね?

唖然としたまま座って飲んだお茶は、ペットボトルと違ってカップに入り不思議な香りがした。
私とTHATCHの生活はこうして始まった。







「おいTHATCH!私の煙草どこに隠した?!箱買いしてあるワインの在庫も一本になってる!それにネット配達で頼んだはずのピザもハンバーガーも勝手にキャンセルになってるどころか予約すら受け付けられてないんだけど!?」

「あったり前デショ?ここの電化製品の頂点に立ってんの誰だと思ってんの、そうこの俺!君の荒れた胃に市販の油モンは毒ですからねェ」

「は?…嘘、何これシステムロックされてる!」


暮らし初めて解ったのはTHATCHはヤブ医者野郎と連携をとっていたことだ。
問い詰めたら『君、健康診断で死ぬって言われて俺を買ったんでしょ?』と満面の笑み。その通りだよくそが。


「喫煙・飲酒過多、乱れまくった食事にぶつ切りの睡眠。君の体年齢相当やばいよ」

「うるさい、クッソ高い『家電』の癖に余計なことはしないでよ!」


そして全力でお節介だった。
プログラムだからと解っていても、久しく浴びていない心配や気遣いにゴミのような生活が矯正されていく。

…画面の向こうで納期を平気で何度も破るクソ同僚への罵詈雑言に悪態。

積み重なる徹夜での昼夜逆転、眠いのか空腹なのかも忘れる狂った自律神経も。

咥え煙草で居眠りして焦がした肌も苛立ちで噛んで血が出た爪も。

盆暮れ正月、各種イベント、誰からも誘われない365日の繰り返しも。


「あ。そうだ口寂しいなら飴はどう?」

「要らない。飲食機能付けてやってんだから私の好みくらい覚えたら?飴より煙草が欲しいの!箱に詰めなおして送り返すわよ!?」


高級マンションワンフロアが私の住処で唯一のシェルター。
築き上げた札束の牢獄を陽気なおしゃべり野郎が侵食してくる。


「そりゃ無理だ。全てのオプション機能搭載してくれたのって君が初めてだし、まだ試してないオプションデータ取れるまで帰れません」

「…家事機能は一通り使ってるし、飲食機能で味見も外食同伴も試した。耐水…お風呂は使ってんだろ」


あと何があったかな。
使ってないなら必要ないのでは。


「…ごほん。人肌恋しい時ってありませんか」

「無い」

「えぇ?!あるでしょう、寂しいとか側にいて欲しいとか!独り寝に寄り添うスペシャル機能搭載してんのに全ッくお呼びがかかってねえんだけど!」


頬が引きつった。つまりアレか。
性的なお世話も致します的な。


「そのオプション消去できないの。THATCH相手とか無理」

「ひどい!俺すごく上手いよ!!一度だけでも試してみません?!」

「…〜〜良し悪しなんかわからないっての、悪かったな!!」










あなたの孤独

癒します。

TYPE:THATCH







(初めてなら尚の事、俺おススメですよ。妊娠の心配皆無だしィ)

(要らないって言ってるでしょ!早くご飯の支度して!あと煙草とお酒返せ!)

(あ、チューする?)

(ぎゃー!!触るなー!)
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