小話 6
□絶たれる退路。
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(THATCH)
「ありがとうねぇ、すまないねぇ、助かったよ」
曲がった腰を更に曲げて何度もお礼と謝罪を繰り返すご老体に、わたしは顔を上げるように伝えた。
「気にしないで。それより怪我してない？大丈夫？」
上陸した島の、賑わう港市場から少し入った路地裏。
人通りが少ないってのに『邪魔だ』とお年寄りを突き飛ばした挙句、売り物を足で蹴っ飛ばし、ガラスの入れ物に入っていた品物を壊しやがったクソ野郎がいたのだ。
事もあろうに、このわたしの目の前でのクソ行為を決行した馬鹿愚かをぶっ飛ばすなと言うのが無理な話で。
「お嬢さんは強くて優しい子だね、今時珍しい」
「そう、わたしって強いの。優しくはないけどね」
まだ意識の残っていたらしい残党の頭を踏みつけて地面と仲良しにしてから、仕上げに財布を拝借。
「どうぞ。壊された品物って幾らか解らないけど、精神的慰謝料も含めて…って事で」
紙幣を適当にご老体へ握らせる。
まあ、残りはワタクシのお小遣いとしてお洋服代に消えますけれど。
そのまま颯爽と去ろうとしたら腕を掴まれて引き止められた。
「待っておくれ…勇敢なお嬢さんにこれを」
ご老体は無事だった売り物の中から小瓶をいくつ袋に入れて差し出す。
「見た所、お嬢さんは恋をしておるね？ワシには解るんじゃ」
「！！」
言い当てられて胸が跳ねた。
…クソダサいリーゼントの巨漢が脳内に浮かび、慌てて追いやる。
「ホッホッホ、当たりだね。相手にコレを試してみるといい。特別調合の薬草水さ」
「…薬草水？」
袋の中には10本ほどの液体入りの小瓶。何の薬なんだろう？
自信たっぷりに告げられた効能を聞き、わたしの中の好奇心は見事に刺激された。
「飲んだ相手にお嬢さんを思う心があるほど、これは効果が出るんじゃよ」
……そうだよね！せっかくのご好意はありがたくいただいても良いんじゃないの？ていうかこんなの試したいに決まってる。
わたしはお礼を受け取り、ご老体と別れ目的の人物を探して島を練り歩いた。
「あ、サッチ！やっと見つけたよ、どこをほっつき歩いていたのよ！！」
「え？…あー、ごめんごめん！そんなに俺が恋しかったのか？妹よ！」
陽はとっくに傾いて、島はにんじん色に変わっていた。
「バカじゃないの？恋しくないし！…じゃなくて！今からお酒飲まない？」
「良いぜ。ちょうど飲みたくて店を探していたんだ、可愛い女の子いる店とか…」
「目の前に居るでしょ、こんなに良い女が！…で、どこの店入る？」
強引な誘い方をしても、楽しげな目を向けられ速攻で快諾された。
手を繋ぐとサッチは歩調をわたしに合わせ、五分くらいの距離を店を物色しつつ進み、とある店前で足を止めた。
「……お、この店構えこのメニュー看板のセンス！よし決めたここ入ろう。お兄ちゃんがご馳走する」
「やったー！ご馳走になりますお兄ちゃん、入ろう入ろう！」
にこにこ顔のサッチを伴い、わたしは店員のお姉さんに案内されて席に着いた。
薄暗い照明の中、テンポよく流れるのはバンドの生演奏。しかも店員さんは全員が綺麗で色気ムンムンのお姉さんばかりだった。
「…サッチの勘ってどうなってんの。この店、女性率が高過ぎなんだけど」
「そうだろ？！俺の勘は外れねえの。あ、そこの綺麗な君〜！メニューあるかなァ？」
「……わたしの目の前でナンパしてくれてどうもありがと。サッチって本当に女好きだよねくたばれ」
嫌味言っても悪態吐いても、サッチが気にしてくれたことないのが悔しいなんて白状しませんけど。
カウンターではなく二人掛けのソファ席を選んだのは、その席には天井から布が下がり目隠しになってるからだ。
ちょっと二人だけの空間っぽくない？なんてね。
メニューに目を通したのはわたしだけで、サッチは聞きにきた店員にいつもの好きな銘柄と連絡先を尋ねた。机の下で足を蹴っておく。
「なーんかいつもに増して攻撃的だな、妹ちゃん」
「…別に、いつも通りじゃないの？」
「まあな。俺の妹はいつも通りに可愛いいよ」
一杯目を空け二杯目に取り掛かってからサッチは上機嫌で言った。
まあサッチを狼狽させようなんてのは難しいし、わたしなんかの色仕掛けなんて通用しないだろう。
「これ、よく効くって聞いたんだけど」
わたしは鞄からご老体特製の『恋惹薬』なるものを取り出してテーブルに並べる。
「…調味料？じゃねえよな」
「身体にイイんだって。ぜひサッチにと思って」
嘘は言ってない。
本当のことも言ってないけど。
「十本も？」
「多い方が効くって言ってたよ」
…やっぱり飲んでくれないかな？
瓶を手で弄んだサッチは、一つを空けて香りを確かめる。これって匂いするのかな。
「君が俺にこれを飲んで欲しいんだ？」
…だってサッチはわたしを好きになったりしないし。
薬飲んでその気になってくれてワンナイトカーニバルでも良いから思い出が欲しいって思っちゃったんだよ。
言葉に詰まったわたしを見て、サッチはにっこりと笑った。
「はは、君は昔っから天邪鬼だからなァ」
言葉はいつも裏返しだ。
考えなしか好奇心か、小瓶に口を付け中身を飲んでくれた。
効くのかな？効くと良いな。
どのくらいで効果出るのかな？
引っかかってザマーミロだけど効いて欲しい。
わたしの期待と祈りに満ちた視線の先で、サッチは二本目の小瓶に口を付けた。
「…んー、香草となんだろうなコレ」
「香りは薄いな。色もうっすい鶯色か。ふぅん」
三本、四本…小瓶の中身は成分分析されつつも干されていき、ついに残り一本となった。
サッチはいつもと変わらぬ顔のまま。
ご老体には申し訳ないががっかりした。
あーあ、つまんないの。
サッチのちょっと余裕ないところが見られるかと期待したのに。
「ねえ、美味しい？」
自棄になって尋ねると、残りの一つの蓋を開けたサッチがこちらを向いて言った。
「ん？これの味？…そうだなあ」
伸びた手がわたしの顎を軽く押し上げ、驚く間も無く唇が重なった。
「んんっ！？」
とろり。
口の中に不思議な味と、サッチの口の中の温度を伴った舌が入り込んで。
「…ん、んぁ…」
流し込まれた液体を嚥下した途端に燃えるように身体が熱を持つ。
至近距離で濡れた唇を舐めるサッチの顔があった。
「確かに効くよなァ、主に下半身辺りに」
「…こ、これ…ッ！サッチこんなの飲んで、平気なの…」
強い酒を飲んだ時より強い酩酊感と思うように動かない身体、何よりも芯から蕩けるようなこの感覚。
「そりゃ君の前だからね。虚勢だろうが我慢だろうがしてみせるよ」
「え…？」
わたしの手首を掴んだサッチの手は熱くて強くて、わたしを見るサッチの目に男の色が灯ったように見えた。
「薬まで盛ってくれたんだし、据え膳って事でいいんでしょ。それは今からじっくり体験して貰おうか」
頬から唇を指で辿られただけで身体が痺れる。
ざわざわと心が騒いで涙が出そう。
「…薬って、解ってて…何で飲ん…ッ」
立てないわたしを抱き上げ、サッチはお会計を済ませ、夜の街へ歩き出す。
「怖じ気ついた時に逃げ道にできるでしょ、君が」
同じ薬を倍以上飲んだとは思えない足取りで宿に連れ込まれ、ベッドに転がされ、そして。
お味は
いかが？
(…ん、んぅ…ッ待って…)
(待たないし、やめないよ)
ありがとうございました！