小話 5

□虹色の鱗。
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(THATCH)




前回の上陸から約2ヶ月。
モビーディックの目指す航路の関係で、食料調達係たちの他は船上での生活が続いていた。


「…あー!やっと島に着く!もうこんなに長く海の上だと飽きちゃうよ」


待ち望んだ船内アナウンスで島が見えたと聞いた時は、私は思わず万歳してしまった。

海を旅する、オヤジのそばで過ごせるのは楽しいのだけれど。
やっぱり足で土を踏む感触は忘れたくないと思う。


「サッチ!ねえ、島に着いたら一緒に歩かない?」


ごった返す甲板の降ろし階段で、見つけたサッチのシャツを引いて声をかけた。


「俺、行きたい場所があるんだよね」

「…あ、そっか。娼館だね」


上陸の嬉しさから舞い上がって『男の事情』とやらを考慮できなかった事を詫びると肩を落として嘆かれた。


「おーい、俺の事なんだと思ってんの…」

「女好きのクソ野郎だとばかり…じゃあサッチに着いて行っちゃおうかなー?」

「おうよ!一緒においでなさいな」


意外な返事で驚いた。
私はサッチが好きだけど、上陸すれば娼館に入る所を何度も見てた。
嫌だったけど何か言えるような関係じゃないし…。

混雑した階段を抜けるとそれぞれの目的地に分かれてクルーたちが散らばっていく。


「人が多いね、この島って何が美味しいのかな?」

「欲しいもんあったら買ってやるよ」

「嫌だよ。サッチに買って貰うと『お礼はキスで』とかクソみたいなこと言うじゃん」


港近くの客引きの活気ある呼び声、建ち並ぶ店を眺めつつサッチと歩く。


「いい匂い、あれは何の料理かな?」

「後でチェック入れとくわ。ウチで再現して留守番のやつに食わせてやる」


船の上とは空気も足から伝わる感触も、すれ違う人も違う。
何気ない会話がこんなに楽しい。


「……ねえ、どこに行くの?繁華街って逆方向じゃないの」

「大〜丈夫、お兄ちゃんに着いてきなさい!」


地図も確認せず進むサッチに不安な思いが湧く。
たどり着いたのは壁にファンシーな生き物が描かれた大きな建物。


「……あのさ、ここって」

「ご覧の通り水族館!」


いろんな意味で頭は大丈夫なのだろうか?いやサッチの頭は大丈夫な時の方が少ないよね?!

船の上で散々海を眺めて海賊やってて陸地に降りないまま二ヶ月も過ごし、やっと着いた島で一番に行くところが娼館どころか水族館!?


「はい。君の分のチケット」

「え、あ、ありがとう」


初めて来た子供みたいにウキウキした顔して二人分のチケットを早々に買い、順路はあっちだな!と足を進める姿を見たらため息も出なかった。


「…………サッチってそんなに魚が好きだった?」


この水族館のウリだと思われる大水槽に張り付いて額がくっつきそうなくらい近寄って眺め続けるサッチ。

そんなサッチに呆れつつ三十分が経った頃、私はサッチに声をかけた。

なにこれ楽しいの?
いつまで水槽前にいるの?


「んー、観賞用と食用じゃ見る目が違うけどな」

「…今そういう話してた?」


サッチの目は水槽から離れない。
何かを見つめるように探すように、じっと分厚いガラスの向こう側に向けられたまま。


「魚の話だろ。料理人やってると、魚介類のんびり眺めるよりどうやって無駄なく捌いて使うかって考えてる方が多くなっちまってさー」


言われてみれば、サッチは毎日休まず皆の食事を作ったり食料調達したりで、魚の鑑賞とは無縁なのかも。


「…食って栄養に変える為じゃなくてさ、目で見たかった魚がここで飼育されてるらしくて。どうしても見ておきたかったんだよ」


サッチは女誑しで女好きで、よく私にもセクハラするしバカなことばっかり言う。

だけどあれだけの人数の食事の手配で一度だって手を抜いたことなんてない。
魚や生き物を見る目が単に食糧だと一方的にならないように。
この意味不明に思えた行動も、サッチなりの生き物への向き合い方なのかもしれない。


「…どんな魚?私も探すよ」


私はサッチから視線を大水槽に移す。
ガラスの向こう側では大小の魚たちがヒラヒラと舞うよう泳いでいく。

その姿は作られた海だとしても。
不思議ととても美しく自由に見える。


「…んー、えっと…居た居た!あれ見える?あそこの岩陰から出てきて上の方に泳いでいく魚」


サッチが指を指し示す方向に目を向けて、言われた辺りを探す。


「え?…あー……あのでかい奴?」

「いや、その少し下。鱗の色が独特に光ってて、優雅に泳いでる子」


ああ、あれかな。
不思議な色合いで、光の具合で纏う鱗の色が変わって見える。


「…あれが、サッチが見たかった魚なんだね」


大きな魚に紛れて泳ぐその魚。
サッチが自分の目でどうしても見たいと切望した魚。


「はー。綺麗だしなんとも可愛い姿だよな」

「うん」


二人で並んでその魚を目で追う。
私たちの視線など気にもせず優雅に、ゆったりと行く。


「…あの子さぁ、君と同じ名前の魚なんだよ」


上からポツリと言葉が降ってきた。


「え?」


海を閉じ込めたような大水槽。
室内の光が反射してこちら側の景色をガラスに薄っすらと写している。

私のマヌケ顔と見慣れないサッチの真面目な顔もガラス面に写り、その上を魚たちが舞うように泳ぐ。


「ま、俺の手で開いて美味しくいただくのも良いけどね。自由に生きて、楽しそうに動いてる姿ってのは最高に愛おしいんだよなァ」

「?!」


ちゅ、と私の額にキスをして、サッチは水槽から離れた。

優しく私の手を引いて。







引き摺り

上げられ

まな板の上。







(んじゃァ鉄板の水族館デートしようか)

(は、はぁ?!これデートなの?!)






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