小話 5

□君がため。
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(※サッチ)



「バカでも風邪って引くのね」


先刻、ぶっ倒れた俺を発見してドクターコールをした後のキッチンに、俺と彼女は居た。


「本当サッチ隊長が倒れるとかモビーディックに来て以来のびっくりです。ていうか部屋戻ってさっさと寝てろ」


もちろんエプロン着用。
残ってる4番の奴らから応援を要請され、彼女に白羽の矢が立ったのだろう。


「…おまえのエプロン姿って、破壊力凄えんだもん。見てえじゃん」

「…最悪かよ」


似合うよなあ堪らねえ、と呟やくと睨まれ、隊長のは見飽きましたけどねと嫌味が返ってきた。


「…っと、くそ!」


刃物は持ちなれているんだが、体調が悪いとなるどうも勝手が違う。

不調丸出しの手つきで肉の骨と格闘している俺を、彼女は横目で見た。


「案外、仕事熱心な男ですね」

「まあな、褒めてくれていいぜ!」


綺麗に削ぎ落とされた肉片を摘んで言う彼女。
こう見えてキッチン仕切るのは俺の役目だし?具合悪いとか理由にならねえ。

お前もだろう、とそちらを見れば皮だけを綺麗に剥いた保存肉が、既に数個転がっている。

肉は肉で、皮は皮の品へと調理される予定だ。


「やっぱり上手えなー」

「ウチには優秀な料理人多数なので出る幕ありませんけど、故郷を出るまで何でもやってました。隊長は知ってるでしょ」


当然だ。
他の奴は罵声浴びせて敵と戦ってばかりの彼女からは想像出来ねえだろうけど、俺は聞き出したからな。


「…三人の弟たち、いつも腹減った!ってのが口癖で。貧乏だってのに食いしん坊なんだもの。山でも川でも食べられるものは何でも食べてたから」


話しながらも素早く部位ごとに分け、あっという間に次の具材の処理に取り掛かる。


「居た…過去形にするなって。生きてるだろ」


スルスルと人参の皮が透けるほど薄く剥かれていく。本当は四番隊に欲しい。口説いて振られたけど。


「会えなきゃ同じです。わたしの身売り金を手渡して島の頼りに頭下げて、置いて来たから怒ってる。でも。あれだけあれば切り詰めて…あの子達だけなら三年は持つ」


三年あれば一番上の弟はきっといい男になる。稼ぐ力を蓄えられる。

こちらを見もせずに手元を見つめたまま彼女の独白に耳を澄ませた。

他の奴らにはきっと聞こえていない。
俺の隊らしく喧嘩腰のやり取りで支度をしているからな。


「ま、良くある話ですけれども」


彼女は過去を語らない。
知る奴は居ない、オヤジと俺以外は。

次々と野菜を捌く、腕捲りした両手。
ショートパンツから剥き出しの両脚。

そのどちらにも引き攣った肌が点在する。
刺青を消した跡だと解る奴はどの位居る?

その数の分だけ、何処かに売り買いされて…オヤジの元に辿り着いたのだろうけどさ。

その苦労も辛酸も彼女は一切を語らないんじゃ仕様もねえさ。


「…今のってもしかしてさー、三日前の話の返事のつもり?」


一瞬だけ手を止め、皮剥きの終わった野菜を刻み始めた。


「……はい」

「下手くそ、お断りだね」

「…惚れた男の為、とでも言えばよかったですか?」


言わなきゃ解らねえバカじゃないだろ。
何を理由にしても俺が諦めると思ってるとか間抜けすぎる。


「お前がウチに来てどの位か覚えてるか?俺がお前を口説いた回数はお前が俺を振った回数と同じだぞ」

「…おやまあ、それはそれは!」


戯けて肩をすくめて見せても、彼女は解っている。

女大好き、来るもの拒まず、をモットーにしている四番隊の隊長に…麗しのナース差し置いて一番口説かれた女だって事を。

俺がお前に対してどの位言葉を尽くして、付かず離れずの距離で居てやって、行動で示して来たか。


「幸せになるのが怖いんだろ」

「!」


痛い所を抉っているのは承知の上。
でも、もう甘いだけの兄貴で居てやる事はできねえ。


「いつまでも弟が忘れられねえなら、会いに行けよ。お兄ちゃんついて行ってやるし、ついでに『お姉さんは俺の嫁にします!!』って宣言してやるよ」

「…サッチ隊、ッ!?」


わし、と彼女の腕を掴むとほのか冷たく、そこから俺の体温の高さが伝わった。

やばい。
気持ち悪くなって来たし脂汗でてきた。倒れそう。


「お前も俺もオヤジの子供だ、ルールは知ってるよな?お宝は手にした奴のものだ。逃げられるなんて甘い事を考えるのは今すぐやめろ」


俺の戦線布告に、彼女は唇を噛んで睨んだ。






最終通告。









(…サッチ隊長、ナースが着ましたから早くキッチンから出てけば?)

(妬いてんの?可愛いな)

(………)
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