小話 5

□君がため。
1ページ/3ページ





(※3種ランダム表示中)
(※エース)



「サッチでも風邪って引くんだな」


先刻、ぶっ倒れたサッチを発見してドクターコールをした後のキッチンに、俺と彼女は居た。


「びっくりだよね、エース!モビーディック始まって以来なんじゃない?」


互いにエプロン着用。
残ってる4番の奴らから応援を要請され、俺たちに白羽の矢が立った。


「…エースのエプロン姿って、破壊力凄いかも」

「…お前もな!」


不釣り合い、と呟かれて腹が立つ。お前は似合ってるといい掛けた言葉は方向を変え悪態になった。


「…っと、よし!」


刃物は持ちなれているんだが、包丁というやつはどうも勝手が違う。

島に居た頃も包丁なんてお上品なモン使わずにナイフで切ってたし。

危なっかしさの残る手つきで魚を見様見真似で捌いた俺を、彼女は横目で見た。


「案外、器用な男ね」

「…まあな」


料理人とまではいかないけど、と削ぎ落とした骨と頭を摘んで言う彼女。

お前は出来るのか?とそちらを見れば、見事に三枚おろしにされた魚たちが既に数匹転がっている。


「やけに上手えな」

「ウチには優秀な料理人多数だから出る幕ないけど、故郷を出るまで何でもやってたからね」


意外だ。
罵声浴びせて敵と戦ってばかりの彼女からは想像出来なかった。


「…弟が三人居たから。いつも腹減った!ってのが口癖で、貧乏だってのに食いしん坊。山でも川でも食べられるものは何でも食べたよ」


話しながらも素早く身に刃を当て滑らせ、あっという間に次の魚の処理に取り掛かる。


「居た…って事は、死んだのか」


スルスルと包丁が滑ると血を流しながらも魚は調理されやすい型に変わっていく。不思議だ。


「生きてるよ、多分ね。わたしの身売り金を手渡して島の頼りに頭下げて、置いて来たけど。あれだけあれば切り詰めて…あの子達だけなら三年は持つ」


三年あれば一番上の弟はきっといい男になる。稼ぐ力を蓄えられる。

こちらを見もせずに手元を見つめたまま彼女の呟きに耳を澄ませた。

他の奴らにはきっと聞こえていない。
サッチが居ないと気楽なのか喋りながら支度をしているから。


「ま、良くある話よ」


彼女の過去を知らない。
尋ねたこともないけど。

魚を捌く、腕捲りした両手。
ショートパンツから剥き出しの両脚。

そのどちらにも引き攣った箇所がいくつもある。
これが刺青を消した跡だと解る奴はどの位居るだろう?

その数の分だけ、何処かに売り買いされて…オヤジの元に辿り着いたのかな。

その苦労も辛酸も彼女は一切を語らない。


「…今のってさ、まさか三日前の話の返事のつもりか?」


一瞬だけ手を止め、処理の終わった魚に塩胡椒を振りかける。


「……そうよ」

「ふーん」

「…惚れた男の為、とでも言えばよかった?」


何言ってんだお前は。
何が理由でも納得できねえよ。


「俺がオヤジの息子になって三ヶ月。お前と過ごして、戦って、気が付いてから言うかどうか三日も悩んだんだぞ」

「…おやまあ、それはそれは!」


戯けて肩をすくめて見せても、彼女は解っている。

猪突猛進、向き合ったら逃げるな、を信条にオヤジに挑みまくった俺の姿を見て来たはずだから。

俺がお前に対してどんな風に思って、考えて、口に出したのか解らないわけない。


「俺の事を弟だとでも思ってんのか?」

「!」


痛い所を抉っているのは承知の上。
でも、引く気は無い。


「置いてけぼりにした弟の代わりにしてんのか、俺の手を取る勇気がねえのか知らねえけど、俺は諦めが悪いぞ」

「…エース、ッ!?」


わし、と彼女の使う包丁を掴むと、ゆらりとオレンジ色の炎が揺らぐ。


「お前も俺も海賊やってるんだ、覚悟はしてるよな?欲しいもんは力尽くでも奪い取る。今までそうして来たし、これからもそうだ」


俺の戦線布告に、彼女は唇を噛んで睨んだ。






温度差は

すぐに溶ける。






(…医務室行きなよエース)

(…お前が連れて行ってくれるんなら行くけど)
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ