小話 5

□酒場にて。
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(※エース)
(※ランダム表示中)




モビーディックはこの島に滞在して一ヶ月になる。



ここでのログを溜めるのに時間がかかり、派手な戦闘もない日々は少し退屈だ。

なにせ『四皇・白ひげ』の海賊旗がはためくモビーディック号が港にあるのだ。

海軍すら迂闊に近寄れないのだから、当然他の海賊も港に船をつけようとはしない。アホ以外は。


「グララララ!はしゃいで島のモン壊すんじゃねェぞ、息子たち!」


髑髏マークの海賊旗を上げる船は容赦なく瞬殺しても商船や漁船に無闇に手を上げたりはしない。

鬼悪魔化け物と恐れられるオヤジだけど、そういうところは筋を通す。

もう流石だよね惚れるよね男の中の男過ぎるよね!!!






「お前、こんな所で飲んでたのか」


オヤジの勇姿の思い出に浸っている私を、呆れたような声が現実に呼び戻した。


「…エース隊長…」


うるさ過ぎないBGM、ムーディな照明。
いかにもいい感じのバーのカウンター席で一人飲み。

大人の女って感じでシチュエーションとしては最高!

…というのは建前で。
連日続く飲み会に辟易し、クルーの寄り付かなそうな小洒落た店に逃げて来たのが現状だ。


「いつもの酒場に居ねえから探したじゃねえか」

「毎日毎日うるさいんですよ、皆して。セクハラするし無理やり酒場に連れてくし」


私は手元のお酒を一気飲みした。
…あれ?今の何杯目だったかな。頭がぼんやりしてきた。


「お前はその辺で水にしとけ」


当たり前に隣に座り、バーテンに水と自分用に酒を頼むエース隊長。


「ったく酒弱いくせに…誰かと待ち合わせでもしてんのか?」


一人です、と言いかけた私の口は別な言葉を吐いた。


「まぁ、そんなところですね」

「それってサッチか?」

「サッチ隊長なら娼婦二人連れて歩いてくの見ましたよ」

「…じゃあマルコか」

「マルコ隊長は今夜も猫カフェ行ってると思いますけど」


詮索されると嘘がバレる。
私は誤魔化すように言ってカウンターにお金を出した。


「エース隊長の知らない人ですよ。でもすっぽかされたかな」


指摘された通り私はアルコールにそう強くないのだ。
歩けなくなる前に帰らないと。


「危ねえから送るよ」


ポケットからお金を出して自分の支払いを済ませるとエース隊長が私の手を掴んだ。

メラメラの実のせいなのか、もとからなのか。
隊長の手は温かくて胸が騒いだ。


「か弱い女子じゃあるまいし、余計なお世話です」


掴まれた手を振り解くと不機嫌そうな顔をされた。

怒らせたみたいだ。
…しかもコレ、初めての状態じゃない。もう何度目だろうか?


「お前さ、この島に着いてから俺の事避けてねえか?俺はお前に何かしたかよ?!」


逃げるな。
睨みつけてくる目の色がそう言っているみたいだった。

逃げるのをいつだって厭うエース隊長の側にいると、逃げてばかりの私は責められている気持ちにさせられる。


「私は逃げる方が得意なんです。隊長とは違うんですよ」


脳内で苦い風景が鮮明に思い起こされる。思い出したくないのに。


…島に着いた頃、程なくして一隻の巡回船も港に着いた。


『あー、エース君〜!久しぶりぃ』


フリルのついたピンクのワンピース。
くるくるの巻き毛。

舌足らずな甘い声の砂糖菓子みたいな可愛い女の子が、エース隊長に抱き着いた。


『アンジー?!ははは、お前相変わらずだな!』


二人は顔を寄せ合って笑い合い、島で顔をあわせる度に付き合いの深さを窺わせるスキンシップを繰り返した。

ウチの家族と接するのとは微妙に違うエース隊長の言動。


私の事もあの娘みたいに見てくれたらなぁ、なんて。
…燃えるような嫉妬心に怖気がした。


「お前が逃げたいモノって何だよ。一緒に戦ってやるから言ってみろ」

「…エース隊長です」


苦しいんですよ、あんたと居ると。
好きで好きで辛いんです。

こんな気持ち知らないでしょう?


「は?…俺?!」


エース隊長は予想外だったらしい答えにポカンと口を開けた。


そばかすの散る頬。
お気に入りらしきオレンジ色のテンガロンハット。

くしゃくしゃの黒い髪。
寝癖なのか癖毛なのか解んない。

…けど、やっぱり、この人が好きだ。



「それは困る。ちょっと考え直せ」

「…はい?」


説得するように私の両肩に手を乗せ、真顔で詰め寄る。


「まあ逃げても追っかけるし、お前が『うん』って言うまで頑張るけどさ…」

「え?あの…何言ってんですか?」


アルコールが効いてきたのか頭がクラクラする。
えーと、追いかけるって隊長が私を?

思考回路が追いつく前にエース隊長は言った。

真っ直ぐに真っ当に真正面から。


「あのさ、俺の女になって欲しいんだけど。俺はお前に何て頼めばいい?」

「!!?」


〜〜意味解って言ってんですか隊長。
何なのそれ殺し文句?
私を殺る気ですね?!


「…そ、んな素振り、無かったくせに!」


思考回路は見事に粉砕。
へたり込みそうになった身体を支えられ、溶けてしまいそうになった。

エース隊長は顔を赤くして呟いた。


「……お前鈍いんだよ」




それは

火よりも

熱く。







(だってあの彼女は?!アンジーさんは?!)

(…あいつは『彼女』じゃねえ。男だぞ)

(えーーっ??!)




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