小話 5

□船上ラプソディ。
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(※サッチ)






季節は冬…という訳でもないが、冬島近くを航海中のモビーディックはその気候の影響をもろに受けている。


「…くッそ寒い、凍るっつーの!」


それでも俺は寒さを我慢しながらも食料庫の検品をしていた。
が、真面目にメモを取っていられたのは最初だけ。

吐く息が白いわ、手まで震えるわ、書く文字が意味をなさなくなってきた。

もしかしたら暖かくなるのかもしれないと一縷の望みをかけ足踏みしてみたら、鼻水が垂れる。

俺はざっと確認して、暖を求めに向かうことにした。

どこでもいい、とにかく温りを感じたい。


いっそ風呂にでも入ろうかとシャワー室を恋しく思っていると、食堂前の廊下を数名の下っ端が笑いながら歩いてきた。

あれ、確かこいつら皿洗い当番だったはずだよな?


「お前ら早いなー、もう終わったのか?」


声を掛けると下っ端は曖昧に笑い、微妙な返事をしながら全員早足で歩き去った。


「……?」


食堂に入りキッチンを覗くと、明るい照明と火の気のない冷えた空気が出迎えた。

カチャ、コトン。

物音と共に動く後ろ姿、洗い場に居たのは最近仲間になった女の子だった。

ニットの上着を腕捲りし、下はジーンズに編み上げのブーツ。後ろからじゃ見えねえけど目元に俺と似た傷跡がある。


「ちょっとごめんな〜、コーヒー飲ませてくれ。何?洗い物の手伝いしてくれてんの?」

「洗い物は私が引き受けました。さっきカードで負けてしまったのです」

「…あー、成る程ね」


嫌がる素振りも見せず、手際よく洗剤つけたスポンジで大量の洗い物をこなしていく彼女。


「…もうさあ、やらなきゃいいじゃん。賭け事とか。勝った事ないんじゃねえの?」


カウンターに頬杖ついて、大量の洗い物を黙々と処理してく彼女に言う。


「今回は勝てると思ったのですが…残念です」


…まともにやっても勝てる訳がない。イカサマが横行してるからな。

君も解ってんだろ。
誰も真面目にルールなんてもの守ってねえんだよ。

勝てばいい。
何やったって結果が全て。

カモにされて押し付けられて、それを解ってて文句も言わず粛々と処理する。

見てると腹立ちに似たもどかしさが募る。


「俺が手伝ってやろうか?」

「いいえ。負けたのは私ですから」


彼女は爽やかな笑顔で、丁寧に俺が差し出した手を突っぱねる。

…馬鹿正直で真っ直ぐで、素直で裏表ない。悪行とは無縁そうな言動はまるで海軍だと嘲笑する奴もいるけど。

白く細い腕が水を弾いて艶めかしい。邪魔者居ないキッチンに二人きり。

いかがわしい想像をしてしまう。


「サッチ隊長、ここは寒いので、食堂に行かれていた方が暖かいですよ」


寒さのせいではなく空咳をする彼女を見ると苦い思いが湧く。あっち行ってくれって事かと邪推しちまう。

…もし俺があの時、選択を誤らなければ、彼女は俺を節操なしだと思わなかっただろうか?


「ウチには慣れた?」

「はい」

「飯とかどう?嫌いなもんとかない?」

「私は食べ物の好き嫌いはありませんしアレルギーもないです」


洗い物を続けながらも、彼女の口から出るのは話を続けようもない返事ばかり。


「…サッチ隊長、あの時は間が悪くてすみませんでした。以後気をつけます」


彼女は申し訳無さそうに先日の遭遇を持ち出し、俺の言葉を奪う。

あれは最高で最悪の遭遇だった。
俺が彼女の不信感を得るのに十分過ぎるほどの。



『…あっ、ああ、いい…もっと…』



彼女を含む若干名がウチの仲間に加わり、歓迎の宴をしてる最中。
いい女がいたもんで、俺は草葉の陰でいたしておりまして。

人の気配は無かったけど、誰か来るかもしれないという状況が俺たちを煽り、燃え立たせた。

そしてフィニッシュの近くなった頃、なんとエースとお手々繋いだ彼女が通りかかった。


『『『………………』』』


うわ、という顔をしたエース。
あ、という顔で会釈する彼女。
動きを止め息を殺し固まる俺。


俺に中指立ててしかめ面したエースは彼女の手を引っ張り足早に去った。



…以来、彼女は引き気味なようで。

親切丁寧な言動なのに、俺に対してきっちりと引かれた線が見える気がする。


「…君は俺の事、女の事ばっかり考えてて、誰彼構わず手を出す男って思ってんだろうな」


バカな事を聞いちまった。
答えなんか解り切ってるじゃねえか。


「え?そうなんですかサッチ隊長?!」


洗い物の手を止めて振り返った彼女は、驚きに満ちた顔で俺の言葉に答えた。


「は?」

「エースがアレはサッチの病気だと言ってましたから…そういう治療中なのかと」


予想外の答えに言葉に詰まる俺に、どこか気恥ずかしそうな戸惑うような笑みを寄越し、彼女は洗浄作業に戻った。


「…それはつまり、俺の事、嫌ってないって事か?」

「嫌うなんてそんな!…えっと、でも大変ですよね、早く治ると良いですね」


脱力した。大きな溜息が口を突く。

薄汚い海賊の戦闘でこんな真っ直ぐな彼女が生き残っていられるのは、彼女の強さ故、信頼し頼ってきた仲間あっての事だけど。


「変な賭け事に誘われても乗るなよ、何かあったらオニーチャン心配だから」

「…ふふ。スペードのエースが来ていたら私の勝ちでしたよ」


その言葉に何か含みを感じるのは、この胸に宿る思いのせいだろう。

彼女はエースが船長やってた頃の元船員。俺たちに対してよりあいつらとは気安く触れ合い敬語だって使わない。


妹として仲間としては申し分ない程に彼女は接してくれる。

だが俺が欲しいのは妹としての彼女だけではない。女として欲しい。

俺のものになればいいのにと、今も尚、思いは減らない。


「そう言えばコーヒーは?私が淹れましょうか」

「…いいや、自分で淹れるよ。ありがとな」


出来るだけゆっくりと丁寧にコーヒーを淹れてるふりして答えた。

…ガラじゃねえんだけどなあ、片思いとかそういうの。






そして

また

偽る。






(よく効くハンドクリームあげるから、俺の部屋おいで)





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