小話 5

□船上ラプソディ。
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(※マルコ)
(※ランダム表示中)

※MARCO→THATCH→ACE→IZOU



季節は夏…という訳でもないが、夏島近くを航海中のモビーディックはその気候の影響をもろに受けている。


「…くそ暑いよい」


それでも俺は暑さを我慢しながらも読書に勤しんでいた。
が、面白いと勧められて買った小説はミステリだと思ったのは最初だけ。

それは男女の痴情の縺れがメインの恋愛小説だったのだ。

もしかしたら面白くなるのかもしれないと一縷の望みをかけ読み進めたが、暑さも手伝って展開にイライラしてきた。

俺は本を閉じ、涼を求めて甲板に出ることにした。





「あっつー…」

「溶けるわコレ…日差し強すぎ…」


甲板はパンツ一枚で日陰を奪い合うクルー達で溢れていた。実に見苦しい光景。

船内にいても風が入らなければ汗だくだし、せめて風を期待できる甲板で…と思うのは皆同じらしい。

俺も甲板に来てみたは良いが、あまりのむさ苦しい光景と強い日差しに辟易し、船内へと踵を返した。

どこでもいい、とにかく涼を感じたい。


うろうろと歩いた分だけ汗が垂れてきて、俺は腕捲りで我慢していたシャツを脱いで腰に巻いた。

いっそ風呂にでも入ろうかとシャワー室へ足を向けると、廊下の途中、数名の下っ端がドアに張り付いて中を覗いていた。

『共用倉庫』とは名ばかりのゴミ置場に近いそこに一体何があるのか?


「おい、何やってんだい?」


声を掛けると下っ端は飛び上がり、何故か謝りながら全員走り去った。


「……?」


ドアを開けて中を覗くと、薄暗い照明と篭った黴や埃で淀んだ空気が出迎えた。

ガタン、ゴト。

物音と共に人影が動き、物陰から現れたのは16番のとある隊員だった。


「…あら、マルコも覗き?」


汗に塗れ顔に煤をつけた女が笑顔で俺に言う。
無意識に彼女の腰に目が行き、舌打ちを耐えた。下っ端たちが覗くはずだ。


「……暑いし邪魔なのは解るが、それは止めろ」


上はタンクトップだが、足首までの長さの愛用の巻き布は、今は太ももの半ばまで捲りあげられている。

それだけなら文句を言う程でもねえんだが、こいつの場合…。


「文化の違い、生活の違いよ。私にはこれが普通」


うるさそうに言って彼女は側にあった壊れた樽に足をかけ、身を屈め奥にある棚を探る。

…一瞬、パンツを履かない彼女の、足のその奥が見えそうになった。


「ああ、違った。ここにも無いわ!」

「〜〜探しモンは何だい?!手伝うよい。頼むからお前は大人しくしててくれ」


戦闘で裾をからげて立ち回りする彼女の姿に目を奪われ、僅かな隙に命を散らす奴らは数知れずだ。

ハニートラップさながらの余波を懲りずに毎回食らうのは俺たち白ひげクルーもで、男ゆえの愚かな性をその都度痛感する。


「ありがとう、じゃあよろしく。豚の形をした香炉なの」


しっとりと汗ばんだ肌が艶めかしい。
薄暗い倉庫に二人きり。

やましい想像をしてしまう。


「イゾウ隊長に『探すのを手伝ってくれるか』と頼まれたのよ。見つけたら隊長に褒めてもらえる、うふふ楽しみ!」


二人が男女の関係なのは周知の事実。

暑さではなく頬を染める彼女を見ると苦い思いが湧く。
…もし俺があの時、選択を誤らなければ、彼女は俺のものになっていただろうか?


「暑さで気怠げにしているイゾウ隊長もとても素敵だけれど、…早く喜ぶ顔を見たいわ。ぼんやりしないでよマルコ。しっかり探してるの?倒れたら放っておくけどサボらないでよ」


捜索を続けながらも、彼女の口から出るのはイゾウの話題ばかり。


「……お前は本当に、イゾウ以外を好きにならねえな」

「当たり前。私がいくら頼んでも、あの時、他の誰もが死なせてくれなかった。あなたもね、マルコ」


彼女は悪びれなく過去の諍いを持ち出し、俺の言葉を奪う。

あれは最初で最後のチャンスだった。
俺が彼女を手に入れるための。



『…生きていてくれるだけでいい、頼むから死を選ぶのは止めてくれよい』



結局の所、俺は自分の欲を優先させたのだ。彼女の思いを踏みにじり己の要求を通した。



『解った。それなら俺が殺してやる。だからお前は、俺以外の他の誰にもその権利を譲るなよ』



イゾウはあの時、どうしようもないと思ったら俺がお前を殺してやると、彼女の鬱屈に終止符を打った。

…以来、彼女はイゾウの物で。


「…本当に暑いわ。海にでも飛び込みたい」


額の汗を手で拭う彼女の言葉に読んでいた本の内容が思い起こされる。

……海、か。

崖っぷちにぶら下がる二人の男と、それを見下ろす女。
どちらか一人しか救えない選択を迫られたあの女は、どっちを選ぶんだろう。


「…お前は俺とイゾウが揃って死にかけていたら、迷わずイゾウを助けるんだろうな」


小説の文章が脳内で映像化し、女の顔が彼女に、男二人が俺とイゾウで再生された。

阿呆な事を聞いちまったよい。
答えなんか解り切ってるじゃねえか。


「え?どっちも助けないわよ、私」


探し物の手を止めて振り返った彼女は、晴れ晴れとした笑顔で俺の問いに答えた。


「は?」

「安心して。ちゃんと二人の最後を見届けた後で、追いかけるから」


予想外の答えに言葉に詰まる俺に、どこか小馬鹿にしたような憐れむような視線を寄越し、彼女は捜索作業に戻った。


「…それはつまり、俺とイゾウで心中かい?」


それは俺とイゾウが同じ扱いを受けられたと思っていいのか、それとも。


「どっちを選んでも、なぜあいつを助けなかったって怒るでしょう。それなら喧嘩両成敗よ」

「………………意味違うだろい、それは」


脱力した。汗が背を伝う。

友として仲間としては申し分ない程に彼女は接してくれる。

だが俺が欲しいのは友としての彼女だけではない。女として欲しい。

俺のものになればいいのにと、今も尚、思いは減らない。


「ねえ、あった?」

「…いいや、見つからないよい」


目の前に現れた豚を模した陶器を見ないふりして答えた。

…この時間が少しでも長く続けばいい。






そして

また

誤る。







(あんまり屈むな、見える)




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