小話 5
□呼び鈴。
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(※エース)
(※ランダム表示中)
ピーンポーン。
チャイムの音が鳴る。
しばらく待っても反応なし。
俺はまたチャイムのボタンを押す。
ピーンポーン。
この音ってなんかマヌケだよな。
ピーンポーン。
ピーンポーン。
…反応なし。やっぱり居ねえのか。
あいつが部屋に居るなら寝てても気づいてドアを開けるからな。
仕方なく俺はドアを背凭れにして入り口前に座り込んだ。
鍵がかかってる訳じゃねえから部屋には入れるのに、ドアを開ける気が起きない。
「あー、くそ!どこ行ってんだよ!」
八つ当たりだとは解っていても悪態が口を突く。
夜中という時間帯を気にして声を落としたけど言わずにはいられなかった。
時計を取り出して時間を見る。
午後十一時五十二分。
あと数分で明日が来る。
「…はぁ。今誰と居るんだよ、あんた」
待つのは正直、得意じゃねえ。
今まさに何処かでナニかをしているであろう彼女を思い浮かべてうんざりする。
「…イゾウの忠告通りだ。あいつと居るとおかしくなる」
頭を掻き毟り俺は唇を噛む。
あの日、モビーディックに乗ると決め俺は白ひげ一家の一員になった。
俺が率いていた『スペードの海賊団』の仲間も一緒にオヤジの船で世話になる事になって、それぞれに部屋が与えらえた。
それはいい。ありがたいし嬉しかった。
だけど人数が一気に増えた分、大部屋はぎゅうぎゅう詰めになり。
「…仕方ねえ、部屋の整理着くまで隊長陣の個室もベッド入れろ」
隊長たちは個室があったらしいが、そこにあぶれた奴らを仮住まいさせる運びとなった。
俺たちは甲板で寝起きしても良かったが、16人の隊長は誰も嫌な顔せずに受け入れてくれた。
部屋割りは公正にクジで決めた。
俺の引いた紙にはドクロマーク。
どこの隊長だ?と首を捻ったら、紙を覗き込んだイゾウが哀れみの目で見て肩を叩いた。
「エース。お前はあの部屋で相部屋だ。…お前なら大丈夫だろうが、同室の奴に注意しろ。あいつと同じ部屋になった奴はだいたいおかしくなっちまうからな」
その時は何を大袈裟な…と思っていた。
教えて貰った部屋に着くと、そこのドアにだけドアフォンが付いていた。
なんでだ?と思って軽くドアに触れたらドアは開いた。鍵はかかってないらしい。
ドアが開くと話し声がした。
中の奴はこっちに背を向けて胡座かいて座り、電伝虫で話していた。
「…好きだよ、君が好きだってば」
飛び込んできた単語に思わず息を飲む。誰かが愛を語る場面に遭遇したのは初めてだ。
居心地悪くて顔が変に熱くなる。
気配に気づいてがそいつがこっちを見た。
随分と若い…つーか同い年くらいだ。
短い髪に白のブラウス。
イゾウみたいに女っぽいけど、顔に大きな傷があった。
そいつは悪い、と言うジェスチャーをして見せたが電伝虫は切らない。
「愛してるよ」
「…っ!!」
顔を合わせたまま、恥ずかしげもなく言う。
どこかの島にいる女か、馴染みの娼婦にでもかけているのか?
そいつは俺と目も合わせたまま照れもせずに言うもんだから、まるで俺が言われたみたいに錯覚してしまい目を逸らした。
「…ほら、電伝虫で伝えても信じないじゃないか。もう切るよ」
相手の返事は聞かないように一方的に切ると、そいつは爽やかな笑顔で俺の前にきて、片手を出した。
挨拶を、と思い俺も手を伸ばした。
「船で暴れてる時から思っていたけど、いい筋肉つけてるな」
「うわ!なんだよ、急に!」
握手かと思ったのに、そいつは俺の胸を触った。
「放せよっ、……?」
ぐい、と押し返したら、ぐにゃりと柔らかな感触。
筋肉…じゃ、なくて。
まさか。もしや…これは。
「〜っうわあ!!お前女かよ!」
「声で解ってよ、酷いな」
イゾウを女と間違って物凄いボコられたので、もう騙されねえぞと思ったら!!この船どうなってんだよ!
「わ、悪かった…あんたもイゾウみたいなもんかと…」
胸を触ってしまったのにそいつは笑って、怒ったりしなかった。
「気にするなよ、今日からしばらく同室になるんだ。仲良くやろう、エース」
「俺と同じ部屋でいいのか、あんた」
だって女だろう。
ナースは皆、医務室の奥に寝泊まりしてるんだろ?襲われると悪いから。
俺は襲うつもりなんかないけど、かなり不安だ。
スペードの海賊団に女は居なかったし…着替えとか何とか、いろいろ大丈夫なのか?
「オヤジの指示だろ?君は結構可愛いし構わないよ」
いや構えよ、とも言えずに妙な同室に戸惑いながらも生活は否応なしに始まった。
朝起きて、飯食って、船の事手伝って。
彼女は俺が危惧するような…例えば着替えなんかは俺の居ないうちにしてくれたり、変に女を感じさせるでもなかった。
男に比べて細いなと感じたけど、貧相な訳でもないし話題豊富で意外と面白え奴だな、というのが彼女に対する印象だった。
男と居るのと大差ねえ。
楽だし、一緒に話すと楽しい。
そんな平穏な日が2日続いて、女と一緒に寝ると言っても本当に夜しか同じ部屋に居ないし、こんなもんなのかと納得していたのに。
…3日目。
風呂から上がって部屋に戻ったらあいつは居なかった。不寝番じゃない筈だから多分どっかで賭けでもしてんだろうと先に寝た。
夜中に戻ってきてベッドに潜る気配があった。
翌朝、俺はそいつより先に目が覚めて何とは無しに眠るそいつを見た。
毛布から覗くそいつの首筋から鎖骨の辺りは、赤い鬱血の跡が大量に付いていた。
「!?」
まさか怪我か?それとも変な病気か?
焦ってそいつの身体をまじまじ眺めた。
…そして、気付いた。
これは怪我でも病気でもねえ。
「〜〜…っ!!」
それは相当数のキスマークだったのだ。
一体誰がこんなにしつこく痕を付けたんだろうか?
昨日は付いてなかった。だから昨晩、多分、この船に乗っている誰かとこいつは…。
「…は、…っ!」
呻きそうになった口を手で塞ぐ。
起きて欲しくない、特に今は。
頭の中で見たことないのに、裸の彼女と顔にモヤのかかった誰かが犯っている光景が広がる。
こいつも俺が抱いた女みたいに喘ぎ、身悶え、征服され達するんだろうか。
どんな声で、どんな仕草で?
縋ったり哀願したりするのだろうか?
…一体誰に。
湧き上がった嫌な感情を必死で見ないふりした。
考えたくなかった。
あの日、あの電伝虫で話していた奴がそうなのか?
…考えたくないのにお前の事ばっかり考える。
しばらくして朝飯を食いに来た彼女はシャツではなくて首元まである服を着ていた。
あの痕を隠す為だろう。
それからも度々、彼女は明け方まで戻らない日があった。
何処にいたのかと、聞きただすことは出来なかった。
酒を飲みながらクルーが彼女の噂をするのを何度も耳にした。
「あいつは気にいると誰とでも寝る。あの悪癖なんとかならねえのか」
「知ってるか?今はマルコがご執心だってよ」
「マジかよ!…そういやマルコ、あいつと何度か同部屋になってるもんな」
「部屋に鍵を掛けねえのは夜這い待ち、って話だぜ」
そういう話になると決まって俺は突かれる。
「なァ、エース」
「あいつともう寝たか?」
「犯ったら具合はどうか詳しく話せよ?お前あいつの好みの顔だ」
「ああ、俺も一発お相手願いてぇよ!噂じゃ名器って話だぜ!」
もううんざりだ。
あんたの噂ばかり聞くのは。
なぁ、本当の所はどうなんだ?
誰とでも寝るのか、気に入った奴と。
今夜部屋に居ねえのは、マルコと犯ってるからか?
マルコだって今は個室じゃねえだろ。
…どこで、どんな風に?
インターフォンを付けたのはサッチってのは事実か?
…自分が来たと他に解るように慣らすためと聞いたけど。
聞きたいことは山ほどあるってのに、俺はあんたを目の前にすると、どうでもいい事しか言えなくなる。
なあ、今夜こそ帰ってきたら聞かせてくれ。
…俺があんたの好みだっていうのも、ただの噂なのか?
「…頼むよ、頭がおかしくなりそうだ…」
今夜も
君の
事ばかり。
(あれ?何しているんだエース)
(…ちょっとな)
→(Side MARCO)