小話 5

□呼び鈴。
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(※サッチ)
(※ランダム表示中)



ピーンポーン。


チャイムの音が鳴って、俺はコンロの火を消した。
タオルで手を拭いてからドアスコープを見て、キャッチや宗教勧誘じゃないか確認する。


「…うぉわっ!」


その顔で歩いてきたんだろうか?というほどの涙と鼻水でぐちゃぐちゃに落ちたメイクの酷ェ顔が見えた。

慌ててチェーン外して鍵開けたら抱き着かれた。


「うわぁあああん!お兄ちゃああぁん〜!」

「あーあー、はいはい!お入んなさいお嬢さん!」


近所迷惑になりそうな涙声はドアを閉めてシャットアウト。


彼女が流しで顔を洗っている間に、こっそり携帯端末の電源を切っておいた。邪魔が入るのは解っているから。

ついでに俺の携帯端末もサイレントにしておく。
これでしばらくは持つだろうが、夜中まで持つかどうか。



「…落ち着いたか?」


宥めながらソファに座らせて、彼女の好きな飲み物を出した。


「あんな奴もう別れる!お兄ちゃん今日泊めて!」


どうやら『また』喧嘩のようだ。
別れるの台詞を聞くのは何度目か解らねえが別れた試しがねえ。


「おう。何時でも好きな時に来て好きな時に泊まっていっていいよ。お前は俺の一番大事な…妹だからな」


ティッシュとタオルを渡して、隣に座って頭を撫でる。
甘えたように寄りかかってくるのが可愛い。


「お前を泣かすなんてどうしようもねぇな」


今度は何が原因だ?
ああ、本当に別れちまえばいいのに。

昔っから俺が大事にしてきたんだ。
親が呆れるほど世話焼いて、遊んで、服だって一緒に買いに行ってた。


「…あのね」


すん、と鼻を鳴らして真っ赤な目で。
小学生の時もクソガキに泣かされた。

5倍にして返してやったけどな。
その一件で俺の妹、彼女に手を出すとどうなるのか知れ渡り、手を出してくるバカは消えたのに。


「前にお兄ちゃんにレモンタルトの作り方、教えて貰ったでしょ?」

「ああ。この部屋で一緒に作ったよな〜、俺のエプロンつけて。その後一緒に食っただろ?」



彼女は可愛い。
中学生になっても、お兄ちゃんお兄ちゃんって後をよく着いてきた。

俺の誕生日にお小遣い貯めて、エプロンをプレゼントしてくれた。

彼女の誕生日にはそのエプロンをつけてデッカいデコレーションケーキ作って贈った。
3時間を超える大作で、そりゃもう彼女は大喜びだった。
キラキラした笑顔でケーキのロウソクの火を吹く写真は、今も携帯端末の中に入れてある。



「レモンならさっぱりしてるし、食べやすいと思って砂糖も控えめにして作ったの。甘いの苦手だって知ってるけど…誕生日のお祝いしたくて」

「…うん、あいつ甘いの全般にダメだからな」



…高校生。
あいつをウチに連れてきたのが間違いだった。

ウマが妙に合って話しても遊んでも時間を忘れる程面白ェ奴だったんだ。

見せびらかしたかったんだ君を。
毎日あいつに自慢していた。

君がどんなに可愛いか。
君がどんなに優しいか。
君がどんなに家族思いか。


だからきっと、あいつは知っていたんだ。
どれだけ彼女が良いのかって事を。


…俺がこれだけ気に入ってんだから、あいつが気に入らない筈なかったんだ。

溜息は吐いてもキリがないから吐かない。




「酷いよ、マルコはお兄ちゃんのケーキなら食べるのに!私のタルトはそんなに不味いんだ!」


そう言って思い出したみたいに、ポロポロと涙が溢れた。


「マルコは作ったのを一口食べて、吐き出した!…吐かれるくらいなら無理に食べなくていいのに…」


俺からみたら、甘ったるい匂いも駄目なマルコが口に入れたのが奇跡だと解るんだが、言ってやらない。
別れちまえばいいんだ。


「酷ェ男だねぇ、マルコは!俺ならお前の手作りならホールでも全部食うのに」

「…あは!うん、お兄ちゃんならやりそうだね」



可愛い俺の妹。
可愛い大事な、…妹。

泣いても笑っても胸が痛ぇ。


「やるよ、お前が作ったんなら焦げても歪でも全部食う」



抱き締めると香水の香りが鼻に届く。
去年の誕生日プレゼントだ。

…マルコからの。



「…なぁ」

「何?お兄ちゃん」


背中を撫でる。
彼女は慰めの一種としか思ってないんだろうな。

…撫でると掌にブラの感触が伝わる。


「なんで俺が一人暮らし始めたか、解るか?」



至近距離。
彼女は全く警戒も無く、素直に疑問を浮かべた瞳が見返してくる。


「大学に近いから?」

「ブッブー」

「…広い部屋がいいから?」

「ハズレ〜」


ムッとした顔。それも好きだ。


「ええ?じゃあ何?」

「…さぁて!夕飯何が食いたい?」



答えは?としつこく聞く彼女。

喧嘩の原因から…マルコの事から俺の事に頭の中を塗り替えた。



「ねえお兄ちゃん!ヒント!」

「ダーメ。超簡単なんだからノーヒントだよ」



戯れ合いながら夕飯を作る。
俺のエプロンをつけた彼女が手伝いをしながら一人暮らしの一般的な理由を上げていく。

俺がハズレと言うたびに唸る。
俺の事で頭を占めていると思うと顔がにやけてくる。


「…っと、ちょっとごめんな?」

「うん」



実家よりキッチンはかなり手狭で、作業効率は悪くなった。

だけど、こうやって彼女と二人でキッチンに立つと狭いのはありがたい。

身体が触れるのは狭いから。
そう言い訳が出来る。






「…ギブアップ!もう答え教えてよ!」



風呂を済ませ俺のTシャツをパジャマ代わりに着て、俺のベッドで枕を抱く彼女に、俺は満面の笑みで無言を貫く。







…覚えてる?

俺の嫁に、

と言った事。






(腹いせにマルコに添い寝写メ送りつけておくか)



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