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□ないものねだり。
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(ACE)
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「…おねえさん、どこですか…?」


十に満たない男児が不安げに甲板を歩きながら彼女を探す。
海賊船に乗るには若く、そして海の荒事とは無縁そうなあどけない顔に声変わり前の高い声。

おどおどした、頼りなく不釣り合いな存在はここじゃ目立つ。


「カスタネット、こっちよ」

「……おねえさん!」


よくあのか細い声が聞こえたなと思うけど、彼女は甲板の洗濯物の隙間から顔をのぞかせ手を振ってやる。
母親を見つけた迷子よろしく、カスタネットは一目散に彼女の元へ。


「目がさめたらいなくて、びっくりしました」

「ふふ。ごめんね、天気がいいから洗濯物日和でしょ?」

「はい!ボクもお手伝いします!」


ふにゃ、と笑うとより幼い。
俺があのくらいの頃って、もっとこう…捻くれて酷かった。同じ男なのかと思うくらい違う生き物に思える。


「…おーい末っ子。末っ子ポジション取られたくらいで拗ねてんなよ。お兄ちゃんが構ってやるからな、よしよし」

「頭撫でるなサッチ!拗ねてねえし俺を末っ子って呼ぶな」


犬でも撫でるような手から距離を取り睨むと、大笑いされて腹が立つ。


「次の島で引受人に頼む手はずになってんだし、お前も確か弟いただろ?構いたいなら行ってこいよ」

「……いたけど」


俺の弟とは似ても似つかねえよ。
弟にするように接したら、泣かすか怪我をさせると思うと迂闊な行動に出られない。

視線の先では彼女にまとわりつくカスタネットと満更でもないどころか満面の笑みの彼女。


「おねえさん、あのボク、お手伝いしたいです!これを干すんですか?」

「ありがとう。干すのはこれでおしまいだから、取り込んだ洗濯物を運ぶのを手伝ってくれる?」

「はい!」


…あんたそれ一人で持てるくせに。
その洗濯籠を四つ一人で運んでるところよく見てんだけど。

俺の内心のツッコミなど届くはずもなく、籠一つでよろけるのをハラハラした顔で心配しつつ、後ろをついて歩いてくるカスタネットの為にゆっくりと甲板を歩いていく。


「…俺、昼寝する」


俺は帽子を目深に被って彼女たちとは別な入り口から船内に入った。背中にかけられたサッチの声は全力で無視。

カスタネットを保護してからというもの俺の生活も調子も狂ってしまった。
たった数日、彼女といる時間が減っただけでこの有様はないだろう。



「…あの、おねえさんのとなりで食べてもいいですか?」

「もちろんおいで!」


体格のいい海賊の男たちに囲まれたカスタネットは縮み上がってしまい、まともに話も出来なかったところへ彼女の登場。

綺麗すぎるナースに比べてとっつき易く面倒見のいい彼女に懐かないはずがなくて。


「カスタネット、良かったらあたしの部屋においで。ベッドは狭いけどくっつけば寝れるから」


流石にトイレと風呂はマルコが連れて行ったが、野郎部屋には置いておけないと、むしろ彼女が連れこむような形でカスタネットと寝床を共にした。

おねえさん、おねえさんとくっついて回るカスタネットの要求を全て叶えていく彼女は嫌な顔一つしない。
むしろもっとワガママ言って欲しいと惚気のような言葉を漏らしてたとサッチから聞いてしまって耳を疑った。

戦闘で罵声吐き散らかして自分より体格のいい男たちを足蹴にしている姿はなんだったのか。




「なあ、ちょっといいか」

「…シー。エース、静かにして」


珍しく一人ででかいクッションに座っている彼女へ声をかけると、人差し指を口につけた顔が振り返る。


「…………なにしてんの」

「本読んでたら寝ちゃったの。うふ、可愛いでしょ」


近寄ったら彼女の太ももに頭を乗せ熟睡するカスタネットが寝そべっていて、あまつ彼女の手を握っていた。
安心しきったよう起きる気配がない。


「…ふーん、そんな可愛いのか」

「可愛いに決まってんでしょ。このフニフニのほっぺに柔らかい髪!鈴が鳴るような声!潤んだ目で見上げてきておねえさん、とか言われたら可愛いに決まってる」

「…へえ、そう」


髪を梳くように撫でて笑って、俺の方はちっとも見ない。
強い奴が好きだオヤジみたいな人じゃなきゃ相手にならない、ってのが口癖だった彼女は、なんとも真逆の男にデレデレだ。

小声でにやけつつ言われた言葉に何故かイライラする。


「…………」

「え?聞こえないわ」


彼女の隣に座って伝えた言葉は届かなかった。起こすなって言うから小声で言ったけど小さ過ぎたんだろう。


『どうせ俺は可愛くねえよ』


…何度も言いたくない言葉を繰り返す根性が足りず、俺は投げやりに溜息を吐く。なけなしの意地くらい張らないと格好悪過ぎるだろ。
こんな思い知られたくない。


「…もういい。何でもねえよ」

「…可愛いって言うと怒るくせに」

「!!」


とん、と俺の肩に彼女の頭がもたれかかる。
脳みそが聞こえたセリフを理解する前に、意地悪な響きを伴った言葉が追撃した。


「こんな小さな子に妬くなんて、エースってほんと可愛いね」


…途端に俺の顔と頭が火を噴くように熱くなった。











だから、

その反応が。








(…〜〜聞こえてんじゃねえかよ!)

(うひゃっ!?な、なんですか?!)

(エース静かにしてよ!カスタネットが起きちゃったじゃない!)




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