小話0

□言葉なき愛の告白。
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(※エース)





「………」


廊下ですれ違いざま、俺は彼女の腕を掴んだ。


「何ですか?」

「何、って…それ!」


俺が詰め寄ると嬉しそうにこちらに向き直る。


「また増えてるんだけど」

「えへ、気づいてくれましたか!」


満面に微笑んで見せる彼女は隠す気も恥じらう気も皆無。むしろ堂々としてさえいる。


「…お前、もう増やす気ないって言ってなかったか?」

「エースってそんな事いちいち本気にするの?」


メモっておく!と、ポケットからメモとペン出して書き込もうとするのを奪い取って阻止した。

夕陽色のタンクトップから覗くしなやかな腕。
彼女の両肩から二の腕にかけては極彩の刺青が彫り込まれている。


「右腕の手の甲。その黒いスペードはこの間までなかっただろ」

「昨日やっと完成したのですよ。良いでしょ?」


彼女の刺青は腕に止まらず、胸元、首、指に足の甲、太もも…これでもか!と言わんばかりに飛び散っている。

中でも一番デカイのが背に彫り込まれたオヤジの刺青だ。
それを誇らしげに見せびらかすよう背の開いた服を好んでよく着ている。


「…ええと、似合いませんか?」

「そういう問題じゃないだろ」


腕を掴む手に力が入る。
彼女はオロオロと困ったような笑みを浮かべた。


「エースって心配性ですね」

「はあ?」

「この身体はあなたのものじゃないのに」

「っ!」


どうしてこう、こいつは無頓着なんだろうか。
きっと違う。敢えて俺の気を引くような事を選んで言ってるのだろう。


「オヤジは褒めてくれました」


ぐ、と、また言葉に詰まる。

この船に居て。白ひげ海賊団の乗組員として、それに息子として。
オヤジの言葉ほど重いものはない。
それは日々実感している。


「…勝手にすればいい」

「ええそのつもりです。当然ですよ?」


俺が手の力を緩めると彼女はするりと腕を抜き取り、黒いトランプ模様に額を寄せた。祈るみたいに。

…彼女の気持ちを聞いてから、幾度と身体を重ねても、少しも俺に本気なのかちっとも解らねえ。
やっぱりからかってんじゃねえのか?

その肉くれと言えば丸ごとくれた。
寄るなと言えば全く姿を見せない。

関係を持つ前からそうだったけど、毎日告白してくるし、うっとうしいくらい寄ってくるし、彼女の行動はこっちが照れるくらいで。

…こんな想いを寄せられているのは自分だけなんじゃねえのか。


「…お前さ、本当に俺のこと好きだよな」


こんな自惚れた言葉を誰かに言う日が来るとは思わなかった。

恥ずかしさと優越感で気持ちが騒ぐ。
口に出した言葉は引っ込みがつかねえけど、甘く残る様な舌触りの良さを感じる。

彼女はそんな俺を見て、いつものように嬉しくって堪らないって顔をする。


「はい!大好きですエース『隊長』ッ!!」


身体を真っ直ぐ伸ばして、右手を上げて俺に向かって敬礼する。


「バカ、じょ、冗談だろ!本気にするな!!」


いっそ傲慢とも取れるような事を言う俺に柔らかく笑み、彼女は言う。


「…本当に優しい人」


ひらひらと右手の甲を俺に見せつけるよう振る。


「何に見えます?」

「…スペードだろ」

「…何で、このマーク、身体に入れたと思いますか?」


言葉を区切って言われると顔に熱が溜まった気がした。
それは物分かりの悪い子供に言い聞かせるような言い方だ。


「…何でって…そりゃァ」


スペード。
黒いトランプ柄が一つ。

…『スペードの一番目』の意味。

間違えようもない、誰が見たって一目瞭然だろ。
それはつまり。


「…俺のものだって事で良いのか?」

「初めからそう言ってるのに信じないから」

「……ごめん、ありがとう」


胸に広がる気持ちに情けなく緩みそうな口を手で隠すと、彼女は俺の顔をニコニコと覗き込んで。

ちゅ、と俺の手の甲にキスをした。


「うふ、エースの喜んでる顔って大好き」


ステップ踏んで俺から離れ、鼻歌歌いつつ廊下を歩き出した。


「〜〜言ってろバカ!…後で行くから部屋に居ろよな」


その背に声をかけると、彼女は振り返って子供みたいに右手をブンブンと振る。

揺れるスペードのエース。
…後でベッドの中で触れてみよう。










自分のものには

目印を。








(…っ噛み癖、直してくださいよ…)

(お前、美味そうだからつい)




→(THATCH)
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