白銀の花 青い鳥

□しろがね ⑴
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(Side U)




『運命は選べる』
『だけど宿命は選べない』
だけどここで兄と2人で暮らせた事は私には本当に幸せだった。私が生きるのに必要な事も必要な物も、ここには全てがあったから。

兄が居るだけで私は幸せに生きていられた。今日この日まで。








戦場さながらに荒れた土地の片隅で私は泣いていた。堪えようとしても後から後から溢れてくる。


「…そんなに、悲しまないでおくれ。俺は幸せだよ。これは…俺の、役目みたいなものだから」


今、私の腕の中で最愛の兄が冷たくなっていく。兄の黄金色の髪の上へ涙が雨のように降り注ぐ。


「…お願い兄さん、死なないで。いやだよ、私は一人になってしまう…」


兄は身体を刃で深く貫かれていた。
切れ味の素晴らしかった剣は見事な傷を兄の身体に刻み込み、そこから流れ出した血は止まらない。
真っ白になった顔で兄は満足そうに私に微笑んで見せる。青い瞳が優しく細められた。


「お前は立派になった。俺が居なくても『しろがね』の名を継げる…安心だ」

「いや、嫌だ…兄さん!にいさん…ッ」


兄にすがりつく私の服は、血が染み込んで真っ赤になっていく。まるで兄の血を吸い尽くすように。


「心残りは、あの品物だ。俺の最高傑作を相手に手渡す事が出来なかったのが気掛かりだ…」


咳込むと赤い斑点が飛び散る。
涙が止まらない。泣いてる場合じゃないのに。
兄さん、兄さん、兄さん!
お願い、おいていかないで。


「…はは…泣き虫は治らなかったな、お前は。たった一人の俺の家族。…『しろがね』…あの品物の事を頼んだよ…」


震える手が私の頬を優しく撫で、パタリと落ちた。


「……っ!!兄さん、兄さん!」


もう何度呼んだって、返事は返って来なかった。

兄は優しく微笑んで逝った。私を一人ぼっちにして。最後まで気に掛けたのは仕事の事だった。

私は空っぽになってしまった。
兄さんが居ないのに生きていても仕方が無いのに…。
許せない!絶対に仇を取るから!

後を追いたかったけど出来なかった。兄を殺した仇を取らなくてはいけないと思った。絶対に!


「…兄さん…」


膝の上から兄の身体をそっと降ろす。
家の周りで育てていた花を全て切り取り兄の周りに飾った。真っ白なその花を兄はとても好きだったから。

それから私は昼夜を兄の死骸と過ごした。だんだんと朽ちてゆく兄は生前の面影を失くしていったけれど側から離れる事が出来なかった。

兄が居ない辛さに、吐きながらも毎日ご飯を作って口に詰め込んだ。
生きなくちゃ、生きて仇を打つんだ!その事が私を生かした。
死骸の側で生活する事を咎める人は居なかった。この島には兄と私しか人が居なかったのだから。









兄の身体が溶け崩れ、骨が覗く頃に一隻の船が着いた。船からは大きな男が一人降りてきてこちらに向かってくる。
兄以外と会うのは久し振りだった。
近づくにつれ、その男は並の『大男』では無いと気がついた。ああ、あの品物のお客さんだと。


「頼んでいたものを取りに来た」


男は私にそう言った。
この男を部屋の隅から見た事がある。


「…『しろがね』はどこに居る?」


私は立ち上がった。立った所で男を見上げる視線は変わらないのだが。


「兄は、…『しろがね』は亡くなりました。品物は私が預かっています」


一瞬だったけど、男が私の側の死骸に痛ましげな視線を寄越した事で私は男に好感を抱いた。兄は私の全てだったのだ。
この男が兄の最後の相手か。


「ご案内します」


私は男を家に導いた。
家の中は工房も兼ねているので男が入れる程には広いが、天井はそう高くないから大きな男は中腰になりつつ入ってくる。


「こちらです。ご確認を」


かかっていた布を取ると、巨大な武器が現れる。


「外で確かめていいか」

「はい」


男は武器を軽々と片手で掴み、家から出た。外に出ると振り回し手に馴染ませる。その度に風を切る鋭い音が鳴った。


「頼んだ通りだ。いいな」

「ありがとうございます。…兄が最期まで、気に掛けた品です」


…兄さん、大丈夫だよ。貴方の最後の品はちゃんと相手に渡したから。
男は私を見据えた。


「俺がこいつを注文したのは、しろがねだが…お前は妹か何か?」

「はい」

「…奴が死んだという事は『しろがね』の名を継いだのはお前か」

「…はい」

「…あれ程の腕利きはもう現れないだろうな。惜しい男を失くした。残念だ」


この人は兄をきちんと知ってくれている。そういえばこの注文を受けた時の兄は随分と誇らしげだった。
久しぶりに腕が鳴ると喜んでいたっけ。
私は男に向かい深く頭を下げた。


「ありがとう、ございます。…私達にとって一番の褒め言葉です」


「支払いはお前の言い値で構わねえ。必要なだけ言え。幾らだ」


私は男を見上げた。大きな身体に逞しい筋肉。
言い値か、さすが兄さんの作品だ。だけどお金よりもっと欲しいものがある。この男ならば大丈夫だろうと確信して私は告げた。


「代金はいりません。ですが、代わりにお願いを聞いては貰えませんか」

「言ってみろ」


男は続きを促す。


「…兄は殺されました。私はどうしても仇を打たなくてはいけません。私の代わりに、どうかそいつを殺しては貰えませんか」


男は笑った。


「グララララ!仇を打つのに、てめえでやらねえでいいのか?」


嘲笑を黙って受ける。こんな恥知らずな頼み事を私だってしたくはない。


「エドワード・ニューゲート。兄が貴方の為に武器を造ると、自分の作品を差し出すのに相応しいと認めた男です。頼むなら貴方しかいない」

「……ふん。まあ代金は払わなくちゃならねぇからな。いいだろう、言ってみろ。仇は誰だ」

「私です」

「…ああ?」


答えに眉を寄せたエドワード・ニューゲート。


「兄を殺したのは、私です…『しろがね』を継ぐ為の最後の試験でした」


私が兄との経緯を語るのを静かに聞く男に感謝する。


「私は自害出来ません。それを生前、兄に止められていますから。兄には逆らえません。そう育ちました…兄が私の世界の全てでした。貴方は知っていますよね?『しろがね』は武器職人の頂点だと」


兄に武器の注文が出来たという事は武器職人『しろがね』が誰か知っていたからに他ならない。兄の造り上げる武器、作品の素晴らしさも。


「代金は結構です。どうか、殺して」


…兄さん、これで安心だよ。
貴方が認めた男なら間違いないよね?
じきに側に行くから。
エドワード・ニューゲートはしばらく無言だった。


「……いいだろう。請負った。ただ、やり方は俺に全て任せて貰う」

「構いません、…お願いします」


だけど武器の対価として仇討ちを引き受けてくれた。安堵で一杯の私にエドワード・ニューゲートは言う。


「…今からお前は俺の獲物だ。俺の船に乗れ」


兄の側で死を、と望む私には少し残念に感じたが場所を選ぶなど贅沢なのかもと思い直した。

やっと一人が終わるんだわ。兄さん…もうすぐだ。
死にゆくこの身に何か兄の物が欲しくて兄さんの身体から上着を外した。

そしてエドワード・ニューゲートに導かれるまま、彼の船に乗った。









はじめまして、

さようなら。








(わ、クジラの船だ…)






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