小説

□副部長になった理由
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自身でも驚くくらいの変わりように戸惑いつつも、一つの可能性に俺は気付くことになった。

“このままでは、大石に依存してしまう。”

もはや生活の一部にまで侵蝕するであろう奴の存在は関係を切るに切られない程の重要さである。
そう危惧する中、俺は三年へと進級し、テニス部の部長として部を任せられることになった。そして、副部長の役職を決めるため三年部員と話し合いをすると一人の男が立候補する。それが紛れもなく大石であった。
他の者は役職に時間を取られたくない者が多いのだろう。副部長は大石ですぐに決まった。
普通ならば親しき友人が副部長になるのならばこんなに心強いものはない。だが、俺にとっては更に大石への依存度を増してしまうため、大石が副部長と決まると難しい顔しか出来なかった。





「…何故、副部長に立候補した?」

部活後の部室。制服のボタンを留めて、間もなく着替え終える俺は既に制服へと着替え終えて日誌を書き始める大石に向けて疑問を口にした。
俺に話を振られ日誌から顔を上げて俺の姿へと目を移したのだろう、ペンの走る音が聞こえなくなる。対する俺は己のロッカーへと視線を向けていた。

「ん?立候補の理由?そんなのお前を支えたいからに決まっているじゃないか」

返ってきた言葉を聞いてボタンを留め終えたばかりの手は止まり、ゆっくり大石へと目を見やる。そこには嬉しげに微笑む大石の姿があった。
大石から伝えられる理由に衝撃を受け、少しばかり高鳴る心臓の音を気にしつつも必死に冷静を装って、このままでは駄目だと脳内に非常事態の鐘が鳴る。

駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ。お前が副部長になり、俺を支えるなんてことをすれば更に大石と過ごす時間が濃密になる。

そうなればきっと俺は...大石から離れなくなるだろう。

「副部長を辞退しろ」
「えっ?」
「俺には副部長は必要ない」
「何言ってるんだ。なんでそんなこと...」
「一人で大丈夫だ。お前の力は借りない」
「手塚...」
「分かったらその日誌を置いて帰れ」

背を向けて帰るように促す。大石を離したくない、そんな感情で一杯になる前に距離を置かないともう戻れなくなる。

「分からない」

ぽつりと呟く言葉だったが、はっきりと俺の耳に届いた。再び大石に目をやれば納得出来ないと言う強い瞳が俺に向けられる。

「そんなんじゃ分からないぞ。俺が納得出来る理由を言ってくれないと辞退は出来ない」
「だから、サポートなど必要ないと言っている」
「...手塚、本当のことを言ってくれ。俺じゃ頼りないのか?お前の力になれないのか?」
「...そう、だ」

偽りの言葉を口にして顔を逸らそうとした。だが、大石が俺の頬を両手で触れて、逸らそうとしていた顔を止める。いや、優しく触れるその手は無理にでも動かそうとすれば動くのだろう。けれども俺は動けなかった。いつもより近い大石の整った顔が、瞳が、こちらから少しでも手を伸ばせば届く距離にあるのだ。

「嘘だ」

穢れさえ知らないその目の色は正直に綺麗だと言える。同時に俺の心を見透かしているように思えた。だから俺は動揺を見せないように、目を逸らさないように大石の目を見つめる。

「嘘じゃない」
「嘘。言葉に詰まったじゃないか」
「言葉くらい詰まる」
「手塚。嘘を吐くなら気付かれないようにしてくれよ」
「......」
「手塚」

経験不足だからだろうか、これ以上大石を言いくるめる言葉が思い付かない。顔を逸らすことを許されないというのもあるのかも知れないが、距離が近いから俺の心臓も平常を保てない。

「...分かったから、そろそろ離してくれ」
「あぁ、ごめん」

観念するしかない俺は大石の手から解放されるが、頬の温もりはまだ残っている。

「それで、なんで副部長を辞退しろなんて言ったんだ?」
「......」
「...そんなに言いにくいことか?俺のこと気にせず思ってることを言ってくれ。例えお前が何を言おうとお前を責めないから」

優しく宥めるように言う大石はやはり青学の母と呼ぶに相応しいのだろう。一息吐いてから俺は言う決心を固める。

「正直に言うとお前が俺を支えてくれると言うのはこの上なく嬉しい」
「じゃあ、なんで...」
「大石といると心地良すぎて...執着しそうになる。副部長になると今以上に俺の傍にいてくれるのだからお前に頼りっきりになってしまって依存して駄目になりそうだ」
「手塚...」
「お前との関係は永遠ではない。いつか俺に呆れる日や幻滅する日が来てもおかしくない。もし、お前に依存してしまった状態で大石が離れてしまったら...」

俺はどうなる?壊れてしまうのではないか?息をするのも辛くなりそうだ。

「だから、お前と少し距離を置きたい」

俺の気持ちを吐露したんだ。さすがに大石なら分かってくれるだろう。そう期待したが、目の前の男は何処か嬉しげに笑みを浮かべていた。

「…何を笑っている」
「ごめんごめん、何だか嬉しくってさ」

謝罪するものの未だその表情は変わらない。眉間の皺を寄せると大石はまたごめんと謝る。

「だってさ、一緒にいるのが心地良いとか頼りっきりとか言われたら普通は嬉しいものだろ?それに手塚が俺に執着や依存するなんて俺からしたら問題ないよ」
「物事には限度があるだろ」
「お前は自分に厳しすぎ。むしろ甘えてくれてもいいんだぞ」

ほら、と言って手を広げる大石。まさか俺が大石に抱き着くと思っているのか?

「遠慮する」
「なんだ、残念」
「思ってないだろう」
「思ってるよ。手塚が俺の胸に飛び込んでくれたらたっぷり可愛がるのに」
「いらん」
「即答は傷付くぞー?…まぁ、それよりさ、俺はお前から離れることは有り得ないし、お前が俺に頼りっきりでも構わない。というか、自分に厳しい手塚なら何だかんだで制御するだろ?」
「お前無しでは生きられなくなったらどうするんだ」
「なんだよその殺し文句。一生かけて責任取るから大丈夫だ。俺を信じてくれ。そう言うことだから俺はお前を支えたい。いいだろ?」

人が必死に遠ざけようとしているのに。こいつはいつだって暖かく俺を包み込む。何を悩んでたんだって気にもさせるからこいつの恐ろしい所。

「…後悔しても知らないぞ。俺はちゃんと忠告したからな」
「あぁ、大丈夫だ。さぁ、遠慮せず俺を頼ってくれ」
「だから何故手を広げる」
「いつでも手塚が飛び込んで来れるように」
「飛び込まん」

ふいっと顔を背けるとやっぱりかと明るいながらも少し残念がる大石の呟きが聞こえた。

「今年こそは全国制覇しような、部長」
「あぁ。お前にも頑張ってもらうぞ、副部長」

部長、副部長と呼び合うのがほんの少し照れくさく感じるものの、大石が副部長という安心感の方が今では大きく膨らむ。





結局、自分で危惧した通りやはり俺は大石に依存してしまう未来が待ち構えているのだと数ヵ月後に思い知ることになる。
それは友情と思っていたものが別の感情の可能性であることに気付いてからの話。



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