小説

□副部長になった理由
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幼い頃から人付き合いというのは苦手であった。友人の輪が広がる周りと違い、他人と距離がある俺。何処か話も合わないし、別に合わせようとも思わない。あまり意識してはなかったが孤立していたのかも知れないし、そうでなかったのかも知れない。話し掛けてくる奴もいたので無視をされているわけではないが、上面だけを見ているような輩ばかり。
話をして分かる。あぁ、こいつは下心があるのか、と。宿題を見せて欲しいだの、買い物に付き合って欲しいだの、図々しい。
いつの間にか毎日書き綴る日記にはそんな人間関係の不満ばかりが書き連ねていた。

中学に入学した頃もそんな想いは変わらず。むしろ新しく顔を合わせる奴らとまた同じ上面だけを見られる繰り返しに溜め息を吐き出さずにはいられなかった。
だからといって人生が楽しくないわけじゃない。まだ生を受けて十数年程しか生きていないのだから人生が楽しいか楽しくないか判断するには早計過ぎる。

それにテニスだけは無心になれる程楽しいので自分の好むものに時間を費やすのが生き甲斐でもあった。だが、部活でも俺に向けられる視線はやはり普通のものとは違う。羨望、好奇なものも混じっていたのかも知れない。人に羨ましがられたいわけじゃないし、尊敬を抱いて欲しいわけでもない。人間関係で悩みたくはないので放って置いて欲しいというのが本音だ。

同じクラスになった大石秀一郎も俺に向ける視線は他の奴と変わらなかった。
俺に何を求めているのかまでは分からなかったが、何かと手塚くん、手塚くんと当たり前のように俺の傍にいることが多くなる。奴の下心だけがまるで見えない。見えないからあまり邪険に扱うことが出来なくて、いつしかそいつと話をするのが僅かながら楽しさを抱く自分がいた。
話が合うからだろうか。まぁ、後に学年主席と聞いた時は納得したが。

俺を呼ぶ優しげな声、裏のない笑み、気付けば傍にいることの当たり前になる日々。

心を許しそうになる、ほだされそうになる。あぁ、まったく何故奴の考えが分からないんだ。

「大石くんは…どうして俺の傍にいるんだ?」
「えっ?どういうこと?」
「俺の何を求めているかは知らないけど、それに応えることはきっとないと思う。何かに期待してるなら早く諦めてほしい」
「…手塚くん。僕はただ君の友達として傍にいるつもりなんだけど他に理由がいるのかい?」

その言葉に何度瞬きを繰り返しただろうか。そして小さく呟く。

「……友達?」
「え、あ、もしかして僕が勝手に思い込んでただけ…?」

悲しげな瞳が揺れ動く。何故かは分からないが、しまったと思った俺は咄嗟に「いや」と否定の言葉をあげた。

「友人と…思ってくれてたとは思わなかったから…」
「そうか……じゃあ、改めて僕と友達になってくれないか?」
「何故俺なんだ?」
「んー…なんでだろう。ただ、手塚くんと仲良くなりたいなって、もっと色んなこと知りたいなって思って」

相手のことを知りたいと思う理由で友人になるのならば、きっと俺も大石との距離を縮めたいのだろう。…本当に見返りを求めない奴かどうか知りたい。

「俺も大石くんのことを知りたいと思っている」
「本当っ?じゃあ、これからは友達としてよろしくね」

差し出された手は握手を意味していた。暫く考えた後に俺は握手を交わす。
それが大石と友人という仲になった始まり。

とは言っても特別に変わることなんて何もなく、一緒の時間を過ごし話をするくらいだ。
気付けばテニスの目標を語るほど、俺は大石秀一郎に心を許してしまっていた。凍っていたものが溶けていくような奴の暖かさに次第に惹かれて行ったのかも知れない。
見られたくなかった羨望の眼差しは大石になら、と受け入れ始めたり、テスト範囲を自ら大石に声を掛け確認し合ったりと月日が流れるほど大石との距離は縮まっていく。



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