小説

□欲しい意味のチョコレート
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昨年のバレンタインデーに大石が部員全員にチョコを配り回っていた。何でもお世話になっているからとか…。おそらく米国式に倣っているのだろう。
その時、俺も一つ貰ったが他の部員と同じ括りでというのはほんの少し不満であった。

だが、今年は違う。昨年末に付き合うことになったため他の部員と一緒にされることはない。

そう思っていたはずだったんだが…。

「みんな、今日もお疲れ様。俺からのバレンタインチョコだぞ」
「マジっすか!大石先輩あざーっす!!」
「さっすが大石〜!」
「あ、こら英二!一人一つだから沢山取るんじゃないぞ」
「ちぇ〜…」

部活終了後、部室で着替え始める皆の前でチョコレートが入った箱を差し出す大石。一粒一粒形が違うタイプらしく大石の前で群がる部員達はどれにしようかと懸命に選んでいるためか、なかなか人集りは減らない。

ようやく人が散った頃には数分前まで沢山あったであろうチョコレートは一つずつ部員達の口の中へと消え、満足そうな表情で帰って行く。残されたのは制服に着替え終えた俺とジャージ姿のままの大石と一粒のチョコレートだけである。

「みんな、沢山チョコを貰ってる筈なのに好きだよな」
「…お前だからだろう」

優しい副部長にバレンタインのチョコレートを目の前に差し出されたら欲しくない奴なんていないだろう。
そんな優しさを他の奴に振り撒かず俺だけに向けてくれたらいいのにと何度思ったことか。まぁ、それがあいつなのだから仕方ない。
半ば呆れ気味に受け答えをすると大石は一つだけ残ったチョコを俺の前にも差し出す。

「ほら、手塚も」

屈託の無い笑みで差し出すから、普通ならばつい手を伸ばしてしまう所だが、俺はそれを取ることはしなかった。

「……」
「…いらないのか?」

大石からのチョコがいらないわけではない。そんな、部員仲間としてと渡されるチョコが欲しくないのだ。
もっと俺だけのための特別な物が欲しい。そう思うのは我儘なのだろうか。

「何だか様子がおかしいぞ、手塚。体調でも悪いか?」
「…いや…」

言葉にしなければ伝わらないというのも分かっているつもりだ。だが、口にした所で大石に呆れられる可能性だってあるだろう。小さいことを気にしていて女々しいかも知れない。
大石に幻滅されたら俺はどうすればいい?

「体調崩す前かも知れないな…先に帰ってていいぞ」
「問題ない」
「そうか?じゃあ、すぐ着替えるよ」

チョコが一粒残ったまま蓋をして鞄に詰め込むと急いで着替え始める大石。俺はというとチョコが入れられた鞄に目を向け、あれさえも貰えないのかと少し後悔する。やはりどんな形でも大石からチョコをいただけば良かった。
もやもやしていると大石は言葉通りすぐに着替え終え、鞄を手にする。

「お待たせ、手塚。じゃあ、帰ろうか」
「…あぁ」

電気を消そうとする大石に代わり、部室のドアノブに手を掛けた瞬間。ちょっと待って、と後ろから声が聞こえた。

「あのさ、手塚の体調が悪かったら困るかなって思って出さないつもりだったんだけど、別に腐る物じゃないからさ。これ、受け取ってくれないか?」

はい、と言って差し出されたのはラッピングされた長方形の包み箱。先程のチョコレートの箱より小ぶりではあるが、もしかしたらこれは俺が望んでいたものなのかと小さな期待が膨らんだ。

「…これは」
「バレンタインのチョコだよ。ほら、手塚には特別だからな」
「だが、先程のチョコレートを渡そうとしていたんじゃないか?」
「あれは部長としても頑張ってる手塚に副部長として渡す分。こっちは恋人として渡す分」

あまりにも突然のように言うので驚きつつも、俺のためにと用意された物を前にすると嬉しい気持ちが沸き上がり、身体も僅かながら温かくなる。

この気持ちをちゃんと大石に伝えなければ。そう考えた結果、俺は大石を抱き締めた。驚いた声を出した大石の肩に頭を埋め、言葉には出来ない気持ちを行動で示す。
暫くすると頭を優しく撫でられ、小さな笑い声が聞こえた。

「そっか。こっちの方が欲しかったんだな」
「当たり前だ」
「はは、ごめんごめん。みんなの前に渡すのは手塚が恥ずかしがると思ってたんだけど、もう少し早く渡せば良かったかな」
「…そうだな」
「…それにしても手塚の愛情表現は相変わらず可愛いよ」

可愛いという単語を聞いてぴくりと肩を跳ねさせ、肩に押し付けていた頭をゆっくり離す。きっと、この時の俺は眉間に皺が寄っていただろう。
大石はたまに俺を可愛いなどと、とんちんかんなことを口にする。お前よりも背の高い男を何処をどう見たら可愛く見えるのか…。こいつの視力が心配だ。

「そんな顔するなよ。一応褒め言葉なんだからな」
「じゃあ、お前は俺に可愛いと言われたら嬉しいのか」
「うーん…ちょっと複雑だけど手塚に言われたら嫌じゃないかも」
「……」
「手塚は嫌だった?」
「…お前に言われるのは嫌ではないが、嬉しいわけではない」
「だろうな。でも、お前は可愛いだけじゃなくちゃんと格好良い所だってあることくらい知ってるぞ?」
「そうか」
「でも、今は可愛い」
「……」

悪気があって言ってるわけじゃないから怒るに怒れない。しかもまた嬉しそうに言うから余計にだ。

その後、一粒だけ残したチョコレートも貰い、今年のバレンタインデーは幕を閉じた。




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