小説

□第〇話『テヅカーの休日』
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「手塚?何処に行ってたんだ?」

ベンチに戻ると俺の気配に気付いた大石が後ろを振り返る。まさか置いて行こうとしていたとは言うつもりはなく、木製のベンチに腰掛けると持っていた未開封のペットボトルを大石に差し出した。

「え?」
「プレゼントだ。誕生日、おめでとう」

それは近くの自販機で売っていたただのお茶。同じ物を自分用にも買って、左手には己の物、右手には大石の物がある。
瞬きを繰り返しながらも俺と茶を交互に見るが、受け取らないため痺れを切らし眉間に皺を寄せて「いらないのか」と引っ込めようとしたら大石は慌てて「いる!いるよ!」と奪い取った。

「まさか手塚から誕生日プレゼントを貰えるなんて思っても見なかったよ」
「嫌みなら返せ」
「嫌みじゃないよ。純粋に嬉しいんだ」

たかが100円玉二枚で釣りが出る程度の値段の物を本当に誕生日プレゼントとして受け取る大石は何処かおかしいと思う。
たったそれっぽっちでどうしてそんなに幸せそうに笑うんだか。
風が吹き、大石の前髪を揺らす。何故か目が離せない。

「ありがとう、手塚」

その一言に僅かながら心が温かくなった。季節が春だからなのか。

暫く話をした後、大石が時計を確認してそろそろ戻ることを伝えると俺はまだここにいると言って奴とは別れた。
手を振って帰る大石の姿を見えなくなるまで見送ると、先程大石が座っていた場所に手を置く。微かに温もりが残っているようだが、麗かな春の温もりかも知れない。

「…誕生日くらい普通に過ごさせてやるか」

ひとつ溜め息を吐き捨て、今日の予定も全て狂ってしまったが、たまにはいいだろうと言い聞かせることにした。
すぐにでも離れようと思っていた学校ももう少しだけ通ってみてもいいだろうという考えに変わった俺はやはりおかしいのかも知れない。










(そういえば、今日は珍しく平和だったなぁ…。テヅカーはお休みなんだろうか)



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