小説

□死神
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父が村の医者だったため俺は小さい頃から率先して尊敬する父の手伝いをしていた。小さな診療所を一人で切り盛りしており、誰からも好かれる父みたいな医者を俺もその頃から目指していた。

まだ7、8歳の俺の主な仕事は薬草を採ることだった。薬草は種類が違えば用途も違う。普通に食べれば毒に当たってしまうのに煎じて飲めば風邪に効く薬となる。それを使い分けるのはとても大変だけど、俺は毎日図鑑を見て勉強もしっかりしていた。

そういえば俺は父にどうして人は死んでしまうのかと尋ねたことがあった。すると彼は『それは死神が魂を奪うからだよ』と答えた。今になってみれば子どもに何かしらの恐怖心を植え付けさせるための嘘だったのだろうと思うが、当時の俺はまんまと父の嘘に騙されてしまった。怖くて夜になれば絶対に外に出なかったし、人に悪さをすることもなかった。死神に連れて行かれてしまうよと教わったから。

父の言うことを聞いて過ごしていたある日、その日もいつものように薬草を採りに行っていた時だった。村から少し外れた林で薬草を摘み、籠に入れていたら奥から白い光が見えた。強いその光はすぐに消えてなくなったが一体何だったのか気になった俺は奥へと進むことにした。好奇心がこれほどまでに強いのは初めてだったに違いない。
そして進んだ先には大きな池が広がっていた。その池を見て俺はハッと気付く。


(…林の奥には大きな池があって、そこに死神がよく出るってお父さんが言ってた…)


死神が出る。その言葉を思い出した俺は一気に身震いしてしまう。その背後には鳥の飛ぶ音が聞こえて思わず身体を大きく跳ねさせた。綺麗に見えた池も急に俺を飲み込むのではないかと恐ろしさを抱いてしまった。

早く帰らないと…そう思った俺は光の正体なんてもう頭にはなく、戻った道を引き返そうとした。すると自分だけしかいないと思っていたこの空間にもう一人誰かがいるのを見つけた。池の脇に佇んでいて、視線は下に向いている。自分と同じくらいの歳の男の子で一体何をそんなに見つめているんだろうと俺は近付いて見ることにした。
近付いて分かったのは男の子が見ていたのが黒猫であったこと。しかも倒れている。怪我でもしてるのかと思ってその猫のもとに駆け寄るが、ぴくりとも動かない。まさかと思い、しゃがみ込んで小さなその身体を触ってみるとひんやりと冷たいのが分かった。心臓が動いていないのを確認すると俺は男の子に目を向けた。


「この猫、君が飼い主?」


そう訪ねるとフード付きの黒いマントを羽織る眼鏡を掛けた男の子は驚いたように目を大きく見開かせていた。薬草を採りに行ったり、父の手伝いをしているためあまり村の子と遊ぶことは少ないけど、見かけたことのない子だと思う。


「…違う」

「そうなんだ。…このままにして置くのは可哀想だし、お墓作ってあげよう」


黒猫を抱えて近くの木の下で埋めて墓を作る。そして側に咲いていた花をいくつかその墓の前に手向けた。手を合わせて黒猫が安らかに眠るように祈る。


「…天国に逝ったかな…」

「……」

「ねぇ、君の名前は?」

「…え?」

「名前だよ。僕は大石秀一郎」

「…手塚国光」

「手塚君だね。手塚君は村に住んでるの?見かけたことないんだけど、違う場所に住んでるの?」

「この近く…」

「村の子とは遊ばないの?」

「ここにいる方が好きだから」


そう言って彼は池を見る。先程まで恐ろしいと思っていた池は何故か今では木漏れ日から漏れる光に反射してキラキラと輝いて美しく見えた。
その直後再び死神の存在を思い出した。


「で、でも…ここって死神が出るんだよ…」


そう呟くと手塚君は驚いた顔でバッと振り返り俺を見る。何か警戒されているような、今思えばそんな風に見えた。


「…手塚君…?」

「あ…いや、何でもない」


そう言うとふいっと顔を背けた。それから俺達に会話はなくなってしまった。もしかしたら死神の話をして機嫌を悪くさせたのかも知れない。この近くに住んでいるなら死神に一番怯えてるのは彼かも知れないし、考えなしにそんな話をした自分は酷いと思った。


「ご、ごめん、手塚君。君の気持ちを考えずに変なこと言って…」

「え?」

「でも、お父さんは死神は悪い子の前に現れるからいい子にしてたら出てこないって言ってたよ。だから悪いことしなきゃ大丈夫なんだ!」


必死だった。何せ初めて同年代の子とゆっくり話が出来る機会だったのだ。村ではなかなか他の子と遊ぶことはないし、友達と呼べるまでの仲の子もいない。友達が出来るかも知れないと思って彼に嫌われないように必死だった。


「だから手塚君の前に死神は現れないよ!」

「……あ。いや、俺は別に死神が怖いわけじゃないんだ」

「え?そうなの?手塚君は死神が怖くないの?」

「あぁ、そうだな。…その、大石…君は怖いのか?」

「う、うん…」


死神は魂を奪うんだ。怖くないわけない。だからこそ死神を怖くないと言う手塚君は凄いと思った。
そして初めて名前を呼んでくれたことが何気に嬉しかった。


「死神が出るのにどうしてここに来たんだ?」


続く手塚君の質問に俺はここまで来たことを思い出した。


「僕、いつもは向こうで薬草を採ってるんだ。でも、林の奥にある池まで行くと死神が出るからここまで来なかったんだけど…白い光が見えたからそれが何か気になって…。結局何かは分からなかったけど手塚君は何か知らない?」

「…いや、分からない」

「そっか…。ここにいた手塚君も知らないんじゃ僕の見間違いかな…」

「残念だな」

「でも、手塚君と会えたからいいや」

「俺と…?」

「うん。僕、同年代の子とあまり遊ぶことがないからさ。だから手塚君と話が出来て良かったよ」


もう光の正体はどうだって良くなった俺は手塚君に笑いかける。手塚君は驚いたのか瞬きを繰り返していた。そして俺はそろそろ帰らなければ行けないことに気付き「あっ…」と声が漏れる。


「…どうかしたか?」

「…そろそろ帰らなくちゃ。お父さんが心配するかも」

「そうか、じゃあ早く帰った方がいい」

「手塚君…ここに来たらまた手塚君と会える?」

「…え?」

「また君と会って話したいんだ」

「…ここは死神が出るのに?」

「う…。で、でも、僕は悪いことしてないから大丈夫だよ。死神は出てこないさ」


もしかしたら死神が出るかも知れない。そんな怖い思いをしてまでここに来る意味はあるのかと手塚君に問われているみたいだった。だけどその時の俺は死神よりも彼と仲良くなりたい方が上だったので怖くても友達になれるならこの場所にまた来てもいいと思っていた。
手塚君からの答えを待っていると彼はフッと初めて俺に笑った顔を見せた。


「じゃあ、死神が出たら俺が追い払おう」


その言葉を聞いて俺は嬉しくなり、また会うことを約束した。

それから毎日薬草を採りに行く度に彼と会って池の前で座り、色んな話をした。手塚君も薬草に詳しくて林の中に生えてる薬草を色々と説明してくれた。俺の生活は手塚君に会えたことによってより充実した毎日を送っていたのだ。

そして半年が過ぎようとしたある日、別れは突然訪れた。


「えっ?手塚君…いなくなっちゃうの?引っ越し?」

「引っ越し…まぁ、そういうことになるな」


いつものように彼と池の前で話をしていたが今日はいつもより表情が固くてどうしたのと訊ねると手塚君は今日の夜遅くにここを発って違う場所に行ってしまうのだと話してくれた。


「せっかく仲良くなれたのに寂しいな…」

「……俺はまたここに戻って来る」

「本当?」

「何年かはかかるけど絶対に戻って来る。大石君が待ってくれるなら…」

「僕、待ってるよ!ずっと村に残ってるし、手塚君が帰って来るの待ってるから」


ぎゅっと彼の両手を握って俺達は約束を交わした。初めて触れた手塚君の手はとても冷たかったけどそんなことは気にしなかった。

そんな小さい頃の思い出。



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