小説

□月夜の幻影
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「……いし…。大石…」

「…んっ…?」


耳元で囁く低い声。その聞き覚えのある声に大石は眠い目を擦り、頭が上手く回らないまま眠りへと身を預けた自分の意識が少しずつ浮上する。そして自分を呼ぶ相手を確かめようとゆっくり起き上がった。


「あ、れ…?手塚?…どうして…? 」


月の光がその人物を僅かに照らしていた。そこにはいるはずのない人間、手塚国光が大石の傍を座っている。彼は勝ち組なため合宿に残ってトレーニングをこなしてるはずだというのに何故か大石の目の前に存在した。まさか、手塚は誰かに負けてしまってここにやって来たのかと、そんな風に考えてしまう。


「そんな顔をするな。俺は別に負けてここに来たわけではない。…ただ、お前が心配で様子を見に来た」

「そうか、それなら良かった。でも、俺が心配って?」

「溜め息が多いと聞いた。何か悩み事か?」


ここまで手塚と話をして大石は何処か違和感を抱いた。こんな夜遅くにわざわざ一人で大石が心配だからやって来たというのは彼にしては大分アクティブな行動である。一年からの付き合いである二人だが、大石は手塚がそこまで心配するとは思っていなかったため何故か手塚なのに手塚ではないような印象を受ける。


(あぁ…もしかして夢なのかも知れないな)


別人のように感じるならばこれは夢なのかも知れない。そう結論出した大石は手塚が夢に出て来るなんて余程彼と話がしたいのかなと一人胸の中で苦笑した。


「俺もさ、心配してたんだ。手塚のこと」

「俺の心配だと?」

「手塚は結構無茶するしさ。言っても聞かない頑固者だから、また何かしていないか心配で心配で仕方なかったんだ」

「…お前は俺の心配なんかをしていたのか」


仁王には話さなかった理由を夢である手塚に話すと目の前にいる幻想の彼は瞬きを繰り返しながら呟いた。


「なんかとはなんだ。元はと言えば無茶するお前が悪いんだぞ」


笑みを交えながら突っ込むと手塚は罰悪そうに視線を逸らした。


「それは…その…すまない。無茶はしない、とは言い切れないが気を付けよう」

「まったく、お前って奴は…」


ははっ、と笑う大石はそこで自分自身でも久々に笑ったなと思い出す。負け組の特訓はハードなもので中には奇想天外のものもあり、いつも真剣に取り組んでいたためその疲労は遥かに大きく、特訓から解放されたかと思うと気付けば眠りに入っていたのだ。だから笑う暇なんてなかった。


「…でもさ、こうしてお前と話が出来て良かったよ」

「そうか。俺もお前が笑っている姿を見れて良かった。…もう遅いから早く寝るんだ」

「そうだな、じゃあそうさせてもらうよ」


相手が現実の手塚であれば近くまで送り届けたかったが、これは夢だと判断した大石は遠慮なくそのまま寝転がった。まだまだ眠たかった大石はすぐに瞼が重くなるのを感じて、いつでも眠れそうなため彼は小さく手塚に向けて呟いた。


「おやすみ…夢の中の手塚…」


そして大石の瞳は閉じてすぐに意識が途切れた。



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