小説

□この世で一番欲しいもの
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「手塚、少し時間あるか?」


部活が終わり、今日は早めに仕事が片付いた俺は他の部員達が帰るのと同じ時間に帰れそうであった。身なりを整えて帰る準備が出来たところで大石に声を掛けられる。何か用でもあるのだろうか、だが大石の話ならば何が何でも聞きたいところだ。なので俺は大丈夫だと答えると先に部室から出ようとしていた菊丸達が「じゃあ先に帰るぞ〜」と残して出て行った。


「それで何か話があるのか?」

「あ、うん。…そのさ、誕生日…本当におめでとう」

「あぁ、ありがとう」


再びその口から紡がれる大石からの誕生日祝いの言葉。何度聞いても飽きることはなくもっとと欲が出てしまう。


「えっと…本当は手塚にプレゼントを渡したかったんだけど…」


プレゼント、その単語に思わず反応したが、そのあとに続く台詞がどうやら用意してないと予想される言葉であった。


「その、全然思い付かなくて…あ、いや、思い付くけどお前が本当に喜ぶかどうか分からなくて…ギリギリまで悩んだんだ。それで、本当はこんなことは駄目だって分かってるけどどうしても手塚に喜んでもらいたくて…」

「…つまり俺の欲しいものが何か聞きたいということか?」


そう訊ねると大石はこくんと頷いた。プレゼントなんて大石から貰えたら何だって構わないのに何故そこまで頭を悩ますんだ。


「俺は別にどのようなものでも構わないぞ。お前は考えすぎだ」

「…何でもいいじゃ駄目なんだ。俺はどうしても手塚に喜んでほしい。何でもいいとは言えないけど俺が用意出来そうなら何でも言ってほしいんだ」

「…欲しいものか」


欲しいものと問われて思い付くのは特になかった。まぁ、あることにはあるがわざわざ大石に用意してもらうことはない。俺の欲しいものなんて…と、俺はそこで気付いた。

俺の欲しいもの…。


「……大石だ」

「え?」

「俺の欲しいものは大石、お前だ」


俺がどうしても欲しいというものがあればそれは大石自身だ。どんなプレゼントも結局は大石がいればそれで構わない。


「えっ、えっと…俺?俺がプレゼントってことは…何処か付き合ってほしい所とか、テニスの相手としてってことか?」


もうここまで言ってしまったんだ。どうせなら全てを吐き出してしまおう。例え大石に拒絶されてしまっても。そして警戒してもらおう。自分がどれだけ魅力的で人を惑わすのか知ってもらわなければ。


「それを含め、俺は身も心も全部が欲しい」

「て、手塚…それって一体どういう…」

「俺は大石が好きだということだ」


想いを告げると大石は一気に顔を真っ赤にして驚きのあまり声が出せていないようだった。そんな反応がまた可愛いというのに、これが素なのだから困ったものだ。


「…その、お前の言う好きっていうのは…」

「もちろん恋愛としてだ。大石に触れたい、独占したい、お前の全てが欲しい」


そっと大石の頬を触れるとびくっと肩が跳ねるのを見て分かった。拒絶しないのを良いことに俺は大石の腰に手を添えてそのまま引き寄せる。それだけでは飽きたらず顔も近付けさせた。


「……拒まないのか?」


俺と大石との距離は数十cmも満たない。それなのに大石は未だに押し退けたり、払い除けたりといった拒絶を見せない。目線を逸らして顔を赤くするだけ。今の内に俺から離れなければ何をするか分かったものではないぞ。


「拒めない…よ。俺も手塚が好きなんだから…」


ぽそぽそと消え入りそうな声で呟く大石に思わず耳を疑った。


「でも、その…本当に俺でいいのか?身も心も全部受け取ってくれるのか?」


ちらりと向けられる視線。…こんな都合のいい展開があるのか、これが現実でいいのか。夢なのではないかと疑うが、じっくり考えるよりも俺は大石の問いの答えを与えるため思いきり抱き締めた。


「お前の全てが欲しい。お前以外の奴に興味ない」

「手塚…」


頬を染めたまま顔を綻ばせる大石はおずおずと遠慮がちに俺に抱きついた。

そして俺達は再び互いの想いを伝えあった。



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