小説

□この世で一番欲しいもの
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「手塚くん、誕生日おめでとう」


俺を最初に祝ったのはクラスの女子であった。その時は嬉しいという喜びよりも大石が一番だったら良かったという残念さが心を占めた。だが、そんなことを言わず、顔にも出さずに俺は彼女に「ありがとう」と返す。
それが引き金となったのか、教室内で次々と祝いの言葉とプレゼントを渡された。気持ちは有り難いがやはり考えるのは大石のことであった。

これが恋だと気付いたのはそんなに前ではない。だが、こんな風にふと大石のことを考えるのはかなり前からである。大石は今頃何をしているだろうか、大石ならどう考えるだろうか、大石は何が好きだろうか、挙げたらきりがない。同性相手にこの感情はおかしいと感じたこともあった。けれど、今更どうにか出来るほど俺の中での大石の存在は小さくはなかった。1日も大石を考えない日なんてなかったのだから。
そんな俺の中で根を張る大石はきっと今日の俺の誕生日も祝ってくれるだろう。何せ彼は律儀に部員の誕生日を祝っている男だ。俺でさえも自分の誕生日を忘れるというのに大石は毎年毎年祝ってくれた。だから関心もしなかった自分の誕生日をようやく意識するようになったわけだ。

意識するからこそ大石からの誕生日祝いを楽しみにしている自分は酷く滑稽だと自分自身が一番よく分かる。
俺の想いは叶うはずもないのに、だからと言って諦めきれず今もこうして大石のことを考えている。…こんなこと誰かに言えば笑い者にされるだろう。

俺は人知れず溜め息を吐き出した。


「手塚、誕生日おめでとう」

「部長!おめでとうございます!」


授業を全て終えた俺には部活が待っていた。頭の中では大石が祝ってくれることを考え部室へと辿り着いたが、今思えば大石のことしか考えてなかった故に油断したのがいけなかったのか、扉の向こうのことを想定してなかった。そしてドアを開けるとクラッカー音と拍手が部室内を包んだ。そこには部員達全員が揃っており、この歓迎ぶりからして誕生日を祝ってくれているというのがすぐに理解出来た。


「誕生日おめでとう手塚っ!驚いたか?」


ひらひらとクラッカーから飛び出た紙吹雪が舞い落ちる中、大石が俺の前へとやって来た。嬉しそうな表情から窺えるのは彼がこれを計画したのではないかということだ。大石だけに祝ってもらえたらそれで良いが、せっかくの厚意を無駄にするわけにはいかない。


「あぁ、びっくりしたがお前の案なのか?」

「俺の案っていうか…俺は相談しただけでみんなで考えたんだ」


謙遜して他の者を立てるのはさすが大石、といったところか。


「そうか、ありがとう。皆に祝ってもらえるとは思ってなかったが凄く嬉しい」


大石に向けてそう伝えると目の前の人物は嬉しそうに顔を綻ばせる。その表情がまた愛らしい。


「良かった。手塚が喜んでくれて俺も嬉しいよ」


俺の誕生日だというのに自分のことのように喜ぶ大石。あまりにも可愛くて抱き締めたいという欲望に駆られてしまう。このままではいけないと思った俺は誕生日祝いのムードをぶち壊すかのように部活を始めるよう声を出した。



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