小説

□Afternoon tea
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中に入れば「いらっしゃいませ」と渋い声の初老の男性が二人を出迎えた。


「お久し振りで御座います、跡部様。こちらへどうぞ」


顔馴染みなのか、男性は跡部に会釈をする。そして彼に案内され店の奥の席へと向かったが、他の席とは違い、そこだけは特別であった。何故ならばその席にも硝子張りの外の景色がよく見える席だったから。だが、入り口付近とは違ってそこには小さな噴水と花や木々の緑などが風に吹かれて小さくそよいでいた。人を癒すようなまるで別世界を見てるような景色に大石は目を奪われる。


「いつまでボケッとしてやがる。さっさと座りな」

「え、あ、うん」


いつの間にか席についてる跡部とその向かいに自分が座るであろう椅子を引いてくれてる男性を見て大石は戸惑いながら座ろうとする。大石に合わせて椅子を押してくれる男性に大石は小さくお礼を言った。こんな風に扱われるのは初めてなため彼は内心ドキドキしていたが、外の景色が彼を癒してくれる。だが、その景色を間近に味わえる謂わば特等席といっても過言ではない、たったひとつの席に座っていいものなのか大石は少し恐縮した。


「それでは、少々お待ち下さい」


少し小さめなテーブルに水やお手拭きなどが用意されると男性は二人に頭を下げ、厨房へと姿を消した。
店内に流れる静かな音楽と微かに鼻を掠めるコーヒーの匂い。大石にとっては馴染みのない空間であったが居心地の悪いものではなかった。だが、気になることがひとつ彼にはあった。


「…俺達以外にお客さんはいないのかな?」


先程から自分達以外の客を見ていない大石はきょろきょろと辺りを見回した。だが、何度見ても二人と先程の店主と思わしき男性以外の人の姿は見えなかった。こんな雰囲気の良さそうなお店ならもっと人がいてもおかしくないのにと思いながら。


「そりゃ貸し切りにしてるから他の客なんざいねぇよ」

「え、えぇっ!?貸し切り」


大石は気付いてないが跡部の言う通り店は貸し切りのため入り口の扉にはcloseの看板が出ていた。そして、さも当然のように答える跡部に大石は改めて自分と彼の価値観の違いや住む世界の違いが大きいことを思い知る。


「で、でも、貸し切りなんて必要ないじゃないか。俺達二人だけのためになんて勿体ないよ」

「お前が気にすることじゃねぇ」

「気にするよっ。だって、もし誰かがこの店に来る予定があって来てみたらお店が貸し切りだったなんて残念がるじゃないか」


大石の言葉に跡部は目を丸くした。普段ならば貸し切りと言ったら喜ぶか、凄いと言って驚かれるかのどちらかだったため、大石みたく驚きはしたものの、否定されるのは初めてであった。しかも見ず知らずの他人を心配する大石に跡部はほんの少し大石という人物が見えてきた気がした。


「…ったく、せっかく貸し切ったってのにまさか文句を言われるとはな」

「あ…ご、ごめん。その、気に入らないとかそういうのじゃないんだ。ただ、俺にはそこまでされるのは苦手というか得意じゃないというか…。でも、跡部にとって良かろうと思ったことを俺は偉そうに…失礼なことを言ったよな…本当にごめん」


溜め息と共に少し悪態をついただけで、大石は自身の発言を悪いものだと決め付け謝罪をする。そんな彼に跡部はまた溜め息を吐いた。


「謝んな、テメェの言うことも一理ある。次からはお前が言う他の誰かのことを少しは考えてやるよ」

「…ありがとう、跡部」


自分の意見を受け入れてくれたことに嬉しくなった大石は跡部に笑みを向けた。今日はまだ不安、恐怖、緊張といった強張った表情しか見ていなかった跡部は間近で大石の笑顔を見て瞬きを繰り返した。
大石の笑みがとても優しかったから。


「お待たせ致しました。本日のアフタヌーンティーです」


突然聞こえる声に跡部はハッとして厨房から出て来た男性に目を向ける。どうやら跡部は大石の笑みに無意識に見とれてしまったようだ。そしてどう反応し、どう言葉を返せば良いのか分からなかった跡部にとって男性の登場は願ってもない助け船である。


「ご苦労、準備をしてくれ」


かしこまりました。そう返事をするとワゴン車に乗せられた物を二人のテーブルに準備する。お洒落なアンティークのティーポットとティーカップ二人分と、お皿が三枚重なったティースタンドが配膳される。下段にはキュウリと玉子のサンドイッチ、スモークサーモンのサンドイッチ。中段にはスコーン。ティースタンドの脇にスコーン用のクロテッドクリーム、イチゴジャム、ブルーベリージャムもある。そして上段にはオレンジのタルト、イチゴクリームを挟んだチョコレートケーキにヨーグルトムースのケーキ。
そんな貴族のたしなみのような光景が大石の目の前にある。映画や本の中でしか見たことのない彼にとってはティースタンドさえも直で見るのは初めてであった。



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