小説

□Afternoon tea
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気が付けばいつも手塚の隣には奴がいた。奴が好き好んで手塚の後を付いてるんだろうと思ったが、どうやらそれだけではなさそうだ。手塚が奴を、大石秀一郎に心を許してるんだ。他人に自分の陣地を汚されたくなさそうなあの手塚が。

何故、手塚は大石に心を許し、傍に置いてるのか。最初はただのちょっとした疑問であった。そしてたまたま時間を持て余した俺は手塚が不在の青学に向かうことにした。

大石の存在が何処まで奴に影響してるのか、この目で確かめてやろうじゃねーの。


「…そろそろだな」


青春学園中等部の前に黒いリムジンが一台停まっていた。正門前にドンと構えるその車と普通の人ではなかなか出せないカリスマ性のオーラを放っている男、跡部景吾が立っている。帰宅する青学生徒の視線を集めるものの、全く気にしない彼は腕を組みながら目的の人物を待っていた。


「あれー?氷帝の跡部じゃん」


そして待つこと10分。ようやく跡部の顔見知りであるメンバーが正門から出て来た。手塚を除く3年生のグループの中からどうやら跡部の存在に真っ先に気付いたのは菊丸であった。


「珍しい来客だな。むしろ珍客だ」

「本当だ。一体どうしたんだい?」

「君なら知ってると思うけど手塚は青学にいないよ」


乾、河村、不二の三人も跡部を確認するとそれぞれ口を開いた。だが、跡部は彼らには耳を貸さず、未だ驚きに声を出すこともなく瞬きを繰り返す大石ただ一人をジッと見据える。


「大石。俺が用あるのはテメェだけだ。付いて来い」

「え、えっ?俺っ?」

「二度も言わすな、来い」


他のメンバーより一歩後ろに立つ大石の腕をぐいっと引っ張り出すと、氷帝のキングはリムジンのドアを開けて何の躊躇いもなく大石の背中をドンと押して無理やり車内に入れた。そして跡部も乗り込むと勢いよく扉を閉めて運転手に「出せ」とただ一言命令を下す。
車は大石を乗せたまま動き始め、その外では「大石がさらわれたー!!」と菊丸の怒りを含んだ声が聞こえた。

そんな一瞬の出来事に大石が混乱しないわけがなかった。彼が事の状況を理解した頃にはもう菊丸の声は遠退いていた。


「な、何なんだ!一体どういうつもりだ跡部!」

「お前に用があるっつったろ」

「だからってこんな人さらいみたいなやり方…」

「別に取って食いやしねぇから安心しな」


そうは言っても大石は不安であった。
実の所、彼らがこうして言葉を交わすのも珍しく、二人で話すのもほぼ初めてであった。だから大石は跡部の考えが読めず、何を考えての行動なのかも全く分からないでいた。


「……」


一体何処へ向かってるのかも分からないまま、隣に座る他校生に少しの恐怖を感じた大石が下に俯き、急に大人しくなった。そんな彼の様子に気付いた跡部が目を向ける。


「そういえば、テメェは手首を痛めてたな。乱暴に扱っちまったが大丈夫か?」

「え?」


突然かけられた言葉に顔を上げた大石はすぐに返事が出来なかった。確かに彼は関東大会決勝戦を前にして手首を痛めてしまった。それを跡部が知っていたことに驚いたのだが乱暴に扱ったという言葉の意味を理解出来なかった。だが、暫くしてから無理やり車に押し入れたことだろうかと考え始める。


「もし、痛むようなら病院に連れていく」

「あっ、えと、いや、大丈夫だ。気を遣わせちゃってごめん」


跡部に気を遣わせたことが申し訳なく感じた大石は慌てて謝ると、跡部は腕を組みながら背中を座席へと預けた。


「なら、そんな不安そうな顔をすんじゃねぇ。最初にも言ったがお前と話をするだけだ。あのままじゃ菊丸辺りがうるさくて静かに話も出来やしねぇ」

「そう、なのか」


そういえば、と大石は自分に用があると跡部が言ってたことを思い出した。けれど、一体何の話をするのか大石にはさっぱりである。

色々と予想していくうちにリムジンはゆっくりと停車した。信号待ちかと思っていたが隣の人物が「着いたな」と口にする。そして運転手が車から降りると跡部達の乗っている扉を開けた。


「行くぞ」

「あ、うん」


先に車から降りた跡部に続き、大石も彼に言われるがまま外に出る。辺りを見渡せば大石の知っている街並みは何一つなく、ようやく彼は自分の知らない土地に足を踏み入れたことに気付いた。
周りはあまり見ることのないお洒落な外装の店がずらりと並んでいる。フランス料理店にブティック、少し先には立派なホテルが聳え立ち、いかにも金銭的に余裕がある人が利用しそうな場所に大石は自身が浮いてる存在だと気付く。


「跡部…ここは…」

「俺様がよく来る場所だ。付いて来な」


そう言って跡部は目の前の店の扉を開けた。どうやら目的地はここらしい。
一見、お洒落な高級ブティックをイメージするような外観の店で入り口の扉を含む正面は全て硝子張りのため店内の奥までよく見える。どうやら今から大石達が入ろうとしている店はカフェのようであった。

まじまじと外の硝子窓から店内を覗き、いつまで経っても店に入ろうとしない大石に扉を開けたままの跡部は「早くしろ」と彼を急き立てる。その声に大石は慌てながらごめんと謝り、小走りに店内へと足を踏み入れた。



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