小説
□思い出の札遊戯
1ページ/2ページ
“手塚くん”
彼にそう呼ばれる度にドキッとするようになったのはいつ頃だろうか。最初は苦手なのではと思ったが彼に話しかけられるのは嫌ではない。むしろ嬉しいのだ。もっと彼のことを知りたい、もっと沢山話をしたい。
気付けば俺の中で大石くんの存在は大きく膨らんでいた。それは友情の域を越えたものだと自覚するには時間は掛からなかった。
大石くんに優しい笑みを向けられるととてもじゃないが直視出来ない。
「ねぇ、手塚くんも一緒にやろうよ」
「えっ…?」
部活終わり、部室で大石くんのことを考えながら着替え終えた俺は急に彼に話し掛けられた。だけど何のことか分からず瞬きを繰り返すと大石くんは柔らかい笑みを浮かべながら答えた。
「菊丸くんと不二くんと一緒にババ抜きをするんだけど手塚くんもどうかなって」
眩しすぎるその笑顔に俺は目を合わせるのも恥ずかしくなり、視線を逸らす。だけど、せっかく大石くんがトランプに誘ってくれてるから無下には出来ない。いや、断るなんてしたくないんだ。
「駄目かな?」
「い、いや…俺で良ければ」
「ほんとっ?ありがとう手塚くん」
ちらりと再び大石くんに目を向けると満面の笑みを見せる彼に胸が大きく高鳴る。音が聞こえるんじゃないかと思うもそれを抑える術を知らない俺は大石くんに手を引かれて既にテーブルで向かい合うように座る他の二人の元へ連れられた。
(…温かい)
大石くんの手の温もりはとても心地良かったが、今の俺は喜ぶというより恥ずかしさも混じっていた。
「手塚くんも参加してくれるって」
パッと手を放されて彼は最近ダブルスの練習をよくする菊丸くんの隣に座った。先程まで残っていた手の温もりもすぐになくなり、ほんの少し残念な気持ちになるも俺は仕方なく空いている不二くんの隣に座る。
「よーし!絶対負けないかんな!」
「ふふっ、お手柔らかにね」
斜め向かいには俺に向けて指を差す菊丸くん、俺の右隣にはトランプのカードを切る不二くん。そして向かいにはにこにこ笑う大石くん。
(真正面に大石くんがいる…)
もうそれだけで身体中が沸騰しそうな勢いだ。ずっと彼を見続けることは出来ない。
「それじゃあ、カードを配るね」
そう言うと先程までトランプを切っていた不二くんが四人分カードを配る。配り終わった後にトランプを手に取り、同じ数字の物同士を引き抜き取り除く。どうやらジョーカーは手札にはないようだ。
そしてじゃんけんにより菊丸くんから逆時計回りでゲームを始めることになった。菊丸くんが大石くんの札から一枚引き、表に向けるや否や嬉しそうに「やりぃ!」とペアになったカードをテーブルの真ん中の捨て場に捨てる。
「じゃあ次は僕だねっ」
そう言って大石くんが俺の顔を見る。心臓が早鐘を打ちながら俺は慌てて大石くんの前にトランプを構える。すると大石くんは瞬きを繰り返したがすぐにくすっと笑みを浮かべた。そして一枚カードを引くと大石くんは口を開く。
「手塚くん。トランプの手札全部見えてるよ」
その言葉の意味を理解するのに少し時間を要した。だが、ふと自分のトランプを見てみると全部裏向きであったことに気付く。だから大石くんから見ると全てカードが表向きなため手札を全部さらけ出した状態になる。
「あっ…」
慌ててカードの向きを変えるが菊丸くんに「何やってんだよ手塚ー」と笑われた。
「次は気をつけなきゃだね。じゃあ次は手塚くんの番だよ」
「う、うん」
大石くんにとんでもない所を見られてしまったのが恥ずかしいが、笑いかける表情にドキドキする。
そして次は俺が引く番なので大石くんの手札からカードを抜こうと手を伸ばした。すると横から「手塚くん」と声をかけられピタリと手を止める。
「君が次引くのは僕のカードだよ」
ずいっと差し出される不二くんのカードに俺はまたとんだ失態をしてしまったことに気付く。
穴があったら入りたい。
まさにそんな気持ちになってしまった。
恥ずかしさで爆発しそうになりながらもその後ゲームを続けたが、どうなったのかあまり覚えてなくて早くババ抜きが終わらないかと切に願っていた。
「楽しかったね、ババ抜き」
ようやく終わった頃には俺は心身ともに疲れてしまった。だが、笑顔の大石くんを見るとそんなものが全部吹き飛んでしまいそうになる。
「俺的には手塚が面白かったけどねー」
「確かに滅多には見れないものだったかな」
菊丸くんと不二くんが掘り出して欲しくない話題を口にする。大石くんにだって一刻も早く忘れてもらいたいのに。
「でも、新たな一面が見れて僕は嬉しいな。それに可愛かったしね」
そんな大石くんの言葉に心が撃たれた。けれど可愛いなんて言われてしまった俺は顔を真っ赤にさせたに違いない。