小説

□『I'm home!』
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『相互リンク記念お礼SS』
モカ様へ捧げさせていただきます。

※※※※※
『I'm home!』約10年後の塚石

久しぶりに帰ってきた日本は真冬で…

しかも数日前から厳しい寒波に襲われているという最悪のタイミングだった。
先日行われたテニス大会が南半球の開催だった関係で、季節が日本とは真逆の国に俺はいた。だから余計に日本の乾燥した寒さが堪えるだろう。

ビジネスクラスのゆったりしたシートに深く沈めていた身体を起こし、腕時計に目をやる。時刻を確認すると、午後1時半を少し回ったところだった。もちろん、時差は修正してある。(…といっても1時間しか違わないんだが)

滞在先のメルボルンからは日本への直行便がない。深夜あちらを出立し、面倒なことに一度、トランジットしなければならなかった。だが、気掛かりだった乗り継ぎの際のトラブルはなく、ほぼ予定通りに羽田に到着するようだ。
これも強い俺の想いが天に届いたからに違いない。そうだ…俺には少しでも早く日本の地を踏まなくてはならぬ特別な事情があるのだ。


機内アナウンスの後、着陸のために機体はグッと下降を始める。
この瞬間は、何度経験しても緊張する。
やがて鈍い衝撃とともに身体が軽くバウンドし、ミシミシと機体がは軋む。
滑走路と車輪が擦れて上がる、悲鳴のようなブレーキ音が耳障りだ。
全く持って、人を不安に陥れる嫌な音だ。だが、それらも徐々に収まっていく。

長旅を終え、滑走路に無事降り立った搭乗便は、ガタガタとその機体を揺らし誘導路をゆっくり移動し、ターミナルビルへと向かう。
ここに至り、ようやく羽田へと辿り着いたことに俺は安堵した。
道すがら、小さな四角い窓に映る地上の様子は、鈍よりと暗く、寒々しい感じがした。


到着ゲートの先、ターンテーブルに乗せられ連なり流れて来る大量の荷物の中から、素早く自分の物を捜し当てる。
次に、今度は入国審査待ちで列を作る人々の最後尾に並ぶ。
中々縮まらない長い列にジリジリと苛立つ。それを表に出さぬよう苦労しながら、入国手続きを済ませた。

よしっ!
いざ!ロビーへ

辺り憚らず、俺は拳を振り上げ気合いを入れる。
何しろ、そこで待っているのは、俺の今日この時間の帰国を唯一知る人物なのだから。

その人は…俺の愛する恋人は、いつもの場所で、出会った頃から変わらない春の陽だまりのような微笑みで迎えてくれるはずだ。


アメリカに拠点を置く俺と離れ、日本で暮らす恋人と会うのは実に半年ぶりだ。
一刻も早く、その姿を見たくて、その声を聞きたくて、その手に触れたくて…早鐘打つ心臓が痛くなる。

もうすぐだ…

もうすぐ…大石に会える


俺の愛しい恋人、大石秀一郎は待ち合わせ場所のカフェにいた。
店先に置かれたテーブル席の白い椅子に浅く腰掛け、本を開たり閉じたりしている。

「おっ…大石っ…」

恋しい大石を前にして、嬉しさのあまり俺の声は裏返りそうになる。
その切羽詰まったような呼びかけに気づいたのだろう。大石はハッと顔を上げたかと思うと、弾かれたように席を立つ。
その反動でガタンと大きな音を立て、椅子が後ろに倒れた。
その音につられた通行人が、何事か…と顔を向ける。
「こりゃ大変…」
大石は顔を赤らめ、慌てて自分が倒した椅子直す。
あわてふためく姿を恋人にに見られ恥ずかしいのだろう、大石は俯いている。

「…大石…だいぶ待たせてしまったようだな」

「て…手塚っ…あ…そんなことない…よ」

「そうか…?」

下を向いたまま途切れ途切れに言葉を紡ぐ姿が可愛いらしくて、自然と俺の頬は緩む。

いますぐ…

君を胸に引き寄せ、思うさま抱きしめたくなる。


だがこれでも俺は、それなりに世間に顔の知れたアスリートだ。
濃いサングラスをかけ帽子を被ってはいるが、デカイ図体の男二人組だ。かなり目立つに違いない。
ここは日本だし…公の場でいきなり彼を抱きしめることは出来ない。
なけなしの理性を総動員し呼吸を整え、平常心を取り戻す。

「…手塚、お帰りなさい」

今は、差し出された君の手を握り返すだけで我慢しよう。

俺の帰りを待っていてくれる君がいるから。

「ああ…ただいま、大石」

今、俺の前で柔らかく微笑む君。

ああ…俺の帰る場所はここなんだ。

世界中のどこへ行こうとも、俺は必ず君のもとに戻って来る。

END
2012.2



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