小説
□一口でも沢山の気持ち
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翌日、バレンタイン当日というのもあるのか、いつもの朝とは違い女子生徒の姿がやけに多く見掛ける。そして心なしかその表情は嬉しそうなものから緊張をしてるのか顔を強張らせてるものまでと様々である。
朝一番に渡すのだろうか、それとも机の中に入れたりするのだろうか。そういえば去年は俺の机の中にも入っていたなと思い出す。
それにしても女子は毎年このように忙しく過ごしてるのかと思うと俺は男で良かったのかも知れないと感じる反面、女子として生まれてたなら大石にチョコを渡すのも簡単だったのかも知れないと少し変な方向へと考え始めた。
(…そういえば、シャーペンの芯が切れかけていたな)
するとふとシャーペンの芯がなくなりかけだったことを思い出した俺は一度足を止めて辺りを見回す。そして近くにコンビニがあったため俺は迷わず店内へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」と男性店員の機嫌の良さそうな声が耳に入る。バレンタインチョコを貰ったのか、それとも貰う予定なのか、きっといつも以上の笑顔なのではないかと思う。
そんなことを考えながら俺は目的の芯を手にしてレジへと向かうその途中。お菓子のコーナーで歩みを止めた。
クッキー、キャンディ、駄菓子と色々飾られ、新商品のクッキーを推してるような陳列であった。そんな下の棚の方に20円〜30円程で売っている一口サイズのチョコレートが並んでいる。ミルク、コーヒーヌガー、きなこもち、プリンといった味の想像が出来ない物も含め様々な種類がある。それらを見て俺は一瞬思った。
これらなら大石に渡せるのではないか。
普段ならば絶対にしないであろう。だが、大石は俺から貰えたら嬉しいと言っていた。少しでも喜んでくれるなら、そう思い俺はミルク味のチョコをひとつ手にしてレジで清算した。
「あれ?手塚じゃないか、おはよう」
コンビニから出るとそこには大石の姿があった。まるで全て計算されたかのような偶然に俺は少し間が空いてから口を開く。
「…おはよう、偶然だな」
「そうだな。手塚、何か買い物だったのか?」
「あぁ、シャーペンの芯を」
「そうか。それじゃあ一緒に行こうか」
こくりと頷くと俺と大石は並んで学校へと向かった。ポケットには先程買った芯とチョコレートがひとつ。大石に渡そうと思っていた物をいつ渡そうかタイミングが見つからず困惑する。
「どうしたんだ手塚?そんな難しい顔をして」
何か困ったことでもあるのか?そう訊ねる大石に俺は「まぁ、そうだな…」と曖昧に言葉を濁す。このままでは余計な心配を掛けさせてしまう。そう思った俺はポケットの中に手を入れてチョコレートをきゅっと掴む。
「大石。手を…出してくれ」
「え?こう、かい?」
「いや、手のひらを上に」
「ん」
手の甲を上に出していた大石の右手がくるっとひっくり返される。その手に俺はチョコレートを置いて渡した。
「これは…」
「チョコレートだ」
「…もしかしてバレンタインの?」
そう訊ねる大石に俺は間を空きながらもひとつ頷いた。すると大石は嬉しそうに微笑みチョコレートをきゅっと握り締める。
「手塚ってさ、やっぱり可愛いよな」
「何故そうなる。それにやっぱりってなんだ」
「手塚は元から可愛いんだけど、俺が思ってるよりも好きでいてくれてるから」
「…意味が分からん」
「俺以外にこういうことするなよ?」
「当たり前だ」
「ホワイトデー楽しみにしててくれ」
「…あぁ」
その日の大石の機嫌はいつも以上に良かったというのを俺の目から見てもよく分かった。
喜んでくれたのは嬉しいがこれではまた来年も用意をしなければならないような気がしてきた。…いや、別に嫌ではないが何だか男なのにと複雑な気分なる。
来年のことはまた来年考えることにしよう。