小説
□ホットチョコレート
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バレンタインデー当日。勿論、朝練も放課後の練習もいつも通り行った。「今日くらい部活なくてもいいじゃんか」と文句を垂れる英二を宥めるのは少し大変だった。そんなことがあったんだと帰り道に手塚に話してみる。いつもと違う所があるとしたらバレンタインのチョコが入った紙袋をお互い手にしてるということくらいだろうか。俺はひとつだけど手塚の紙袋は四つ。やっぱり今年も沢山貰ってるよなぁ。いや、去年より多いかも知れない。そして今年もまた眉間に皺が出来ている。
「手塚、今年も沢山貰ったな。嬉しくないのか?」
「…こんなにも甘い物は食べれない。それに学校に菓子など持って来るのは感心出来ん」
口にはしないものの遠回しに嬉しくないというのを溜め息混じりで肯定する。あまりにも邪険に扱うのでチョコを渡した子達がちょっと可哀想に思えて俺はフォローをすることにした。
「今日くらいは大目に見てあげなよ。チョコを渡してくれた子はみんな手塚が好きなんだからさ」
「…好きな相手から貰わなければ意味がない」
「…えっ?手塚、好きな人がいるの?」
「あぁ」
初耳だった。手塚とは所謂…その、恋話ってやつはしたことないし、手塚に想い人がいる素振りすら見なかったと思う。
そんな事実にショックというか衝撃というか、とにかく頭を思いっきり叩かれたような感覚だった。だけど俺は手塚の友達として応援しなきゃいけない。
「ど、どんな子か聞いてもいいか?」
「…可愛い、な」
「どういう所が可愛いんだ?」
「一生懸命なんだが、危なっかしいというか、おっちょこちょいで目が離せない。気配りも出来る奴だ」
ドジっ子、なんだろうか。だけど手塚が好きになる相手だからきっと素敵な子なんだろうな。一緒のクラスの子かな、それとも生徒会の子かな。
色々と詳細を聞きたいけどあまり詮索するのは失礼だからそれ以上は聞かないことにした。
「その子からチョコは貰ったか?」
「…いや」
首を振り否定する。あんなにチョコを貰ってるのに一番好きな相手からは貰えなかったんだ。もしかしたら相手は既にもう誰かと付き合ってるとか、別の人を好きになってるのかも知れない。
「そうか…もしかしたら恥ずかしくて渡せないだけかも知れないな」
「どうだろうな」
何処か卑屈になりかける手塚にこれ以上この話をするのはマズいかも知れないと思った俺は何も言わなかった。
するとちょうどよく自販機があり、飲み物でも買って話の流れを変えようと思い付いた。
「なぁ、手塚。喉が渇いたからちょっと飲み物買って来てもいいか?」
「もうすぐ家に着くだろう」
「買い食いしてるわけじゃないからさ、な?」
無理矢理だけど説得してみると手塚はひとつ溜め息を吐き「好きにしろ」と折れてくれた。そして俺は自動販売機の前へと駆け寄り、何を買おうか悩む。するとある飲み物に目が行った。
(ホットチョコレート…)
どうやら自販機もバレンタインに便乗したかのようにホットチョコレートが売られていた。少し迷いながらも俺は小銭を入れて、そのチョコレート飲料のボタンを押した。
ガコンと落ちて来た缶を取り出し口から取ろうとすると、思ってたよりも熱くて一度手を離してしまったが、持つ場所を少し変えて缶を取り出し、待ってくれた手塚の元へ戻る。
「何を買ったんだ?」
「ホットチョコレート」
「…余計に喉が渇きそうな気がするが」
「珍しかったからつい買っちゃったよ」
プシュッとプルタブで飲み口を開けると仄かに甘い匂いと湯気が立ち込めた。一口飲んでみると温かくて、甘い。確かに喉を潤すものではないかも知れないが心がホッとした。
「甘ったるいだろう」
「俺はちょうどいいと思うぞ?ほら、疲れた時には甘い物がいいって言うしさ。手塚も飲んでみるか?」
冗談半分で飲み掛けのホットチョコレートを手塚に差し出す。すぐに断るかと思っていたが、手塚は何かを考えるようにジッと缶を見つめる。
「分かった、一口貰おう」
「え?あ、あぁ」
まさかの返事に自分から言い出したにも関わらず俺は少し戸惑いながら手塚に缶を渡した。手塚はすぐにぐびっと一口だけ飲む。
まさか手塚がホットチョコレートを飲むだなんて思いもしなかった。チョコレートはあまり好きじゃないんじゃなかったのかと考えたが、もしかしたら疲れてて甘い物が欲しくなったのかも知れない。
「どうだ?」
「やはり甘いな」
「チョコレートだからな」
「……大石、さっきの話だが」
「さっき?」
「好きな相手からチョコを貰えなかったという話だ」
「あぁ、うん」
「前言撤回する。たった今、その相手からチョコを貰えた」
「…えっ?」
手塚の言葉を理解するのに少し時間が掛かったが、暫くしてから意味を理解した俺の顔は真っ赤になってしまった。
そして俺の耳元で手塚は「好きだ」と囁いた。
そんなバレンタインの日の帰り道。