小説

□友情として=愛情として
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何を思って大石を抱き締めたのかは分からないまま、気付けば彼の後頭部を左手に右手は相手の腰に添えて、大石の顔を俺の胸に押し当てる。
ふわりと微かにシャンプーの匂いが鼻を擽り、俺はこの状況にも関わらず香りを楽しむかのように目を閉じた。

するとようやく現在の状況を理解したのか、大石は思い切り俺の胸を押し返すと慌てて腕の中から抜け出した。遠退く香りに少し残念に思う。


「ご、ごめっ…」


突然の出来事に驚いたのか、頬を朱色に染めながら先程まで流していた涙は止まっていたが、涙を流した跡が残っている。


「落ち着いたか?」

「あ、あぁ…」


目を下に伏せて視線を外す大石。それ以上の言葉を互いに発することはなく無言の状態が続いた。息をする僅かな音も聞き取れそうなほど静かに、ほんのりと夕日が射す生徒会室は何処か心が落ち着く。だが、そんな心境の俺とは裏腹であろう目の前の人物は何か言葉を探してるようで落ち着かない様子である。


「……手塚」


暫くしてから弱々しく俺の名を呼ぶ彼に俺は「なんだ?」と返事をする。


「…ごめん、手塚。今日のことは全部忘れてくれ」


ゆっくり言葉を紡ぐと俺の返事を待たずに大石は鞄を手にして弾けるように生徒会室から出て行った。ばたばたと走る音が静かな廊下を響いたがすぐに遠退いていき、次第に聞こえなくなった。
生徒会室には俺一人だけ残され、大石がいなくなっただけだというのにこの空間に暖かみがなくなっていた。










帰宅してからも考えるのは大石のことであった。食事の時も宿題の時も入浴の時もずっとである。寝間着に着替え、ベッドの上に仰向けで寝転がる俺は天井を見つめていた。
明日からどんな顔をして俺に会うのだろうか、部活に影響はしないだろうか、俺達の間にあった友情はどうなってしまうだろうか。色々と考える俺は左手を天井へと向けて伸ばし、開いた手の甲を見つめる。


『…ごめん、手塚。今日のことは全部忘れてくれ』


思い出すのは本心を臭わせてしまったことを後悔するように自分を責める苦痛な表情をした大石と何もなかったかのように全てを忘れてくれと忘却を望む言葉であった。


「忘れろと言うのが無理な話だ」


忘れろと言って忘れるほど器用ではないし、そこまで出来た人間ではない。俺はもう知ってしまったのだ。大石が俺に対する気持ちと抱き締めた時の温もり、そして大石の匂い。忘れられない。いや、忘れられるわけがないのだ。



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