小説

□欲しい言葉
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10月を迎えると『そういえばもうすぐ誕生日か…』と、ぼんやりカレンダーを見つめ、頭の片隅に置いてあったが何かと忙しい日々を送っているので数日も経つとそう考えていたことを忘れ去っていく。


「お誕生日おめでとう、国光」


そうして迎えた誕生日当日の朝。身支度を整え、食卓を囲む家族に挨拶をしようとしたら母が挨拶の代わりに祝いの言葉を俺に向けた。


「……あ、はい。ありがとうございます」


一瞬何のことか分からなかったがすぐに自分の誕生日だと気付き、母に礼を言う。今夜は国光の好きな物を用意するわね、と何故か自分のことのように嬉しそうな表情を見せる母に俺はもう中学3年生なのだからそこまでしなくても良いのにとは言えなかった。

だが、今日は俺の誕生日ならば親友でもあり恋人でもある大石にも祝ってもらえるのではないかと少し今日の楽しみが増えた。

残念ながら今日は朝練がないので大石とはすぐには会えない。
廊下で擦れ違うだろうか、それとも教室まで足を運んでくれるだろうか、いつ祝いの言葉をくれるのか今か今かと待ち焦がれる。そのせいで休み時間はあまり落ち着きがなかったと思われる。

だが、大石は来ることはなかった。きっと部活の時に祝ってくれるだろうと期待は膨らみ、その気持ちを表に出さないように抑えながら俺は部室へと向かう。
ドアノブを回し、扉を開けると急に大きな破裂音が数回聞こえた。それと同時に金や銀、赤や青、黄色などのカラフルな紙テープや紙吹雪が俺の目の前に降ってくる。


「おったんじょーびおめっとサンバ〜!」

「部長!誕生日おめでとうございますっ!」


どうやら菊丸と桃城が俺に向けてクラッカーを鳴らしたようだ。最初は何が起こったか理解出来なかったが、二人の言葉により俺自身に向けたものだと分かった。だが、クラッカーを人に向けるのは感心しない。


「…お前達、人に向けてクラッカーを…」

「手塚」


俺の言葉を遮ったのは大石だった。優しく微笑むその表情にドキンと胸が高鳴ったが顔に出すわけにはいかない。すると大石の手が俺の顔へと伸びる。


「みんなお前を祝ってくれてるんだ。怒るのは後にしよう、な?」


伸びていた手が俺の髪に触れる。みんなの前で何をするんだと思いながら目をパチパチと瞬きを繰り返す。後に大石の手が引いて、その手には先程俺に向かって飛んできた金色の紙テープがあった。そして大石の言葉により部室には他の部員達が揃っていることに気付く。


「これ、みんなからお前に」


クスッと笑う大石から俺は茶色の紙袋に贈り物用のリボンとシールが貼られたプレゼントを受け取る。部員達から拍手や「おめでとう」と声を掛けられるが目の前の人物は未だ祝いの言葉を口にすることなく、穏やかな笑みを浮かべる。



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