小説

□惚薬 <3日目>
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――…36.4度


良かった。熱も引いたし、体調も問題はない。…まぁ、メンタル面的に少し問題はあるものの、それも今日までだ。
今日が終われば手塚は元通りになる。そうすればもうこんなことを考えずに済むんだ。
俺は部長である手塚をサポートし支えるのが役目なんだ。だからいつも通りの平穏な毎日を過ごせるように手塚を導いてやらないと…。


「…よし」


幸いなことに今日は日曜日。平日とは違い部活だけだから上手く乗り切れば二人きりになることはない。

今日は皆が来るギリギリの時間に鍵を開けよう。早く行っても一昨日みたいに手塚と二人きりになる確率は高くなるんだし。だから家に出るのはもう少しゆっくりしてからにしよう、そう思った矢先。


「秀一郎ー。手塚君が迎えに来てくれてるわよー」


…嘘だろ。

思わずそう呟いてしまった。まるで俺の考えを読んで動く手塚に俺は焦った。二人きりにならないように立ち回るつもりだったのに早速二人きりになってしまう。だけどさすがに俺はいないなんてことは出来ないし、仕方なく俺は玄関へと向うことにした。


「お、おはよう、手塚」

「おはよう、大石。もう体調は良いのか?」

「あぁ、何とかな。部活も任せっぱなしでごめんな。もう大丈夫だ」

「そうか、だが無理はするなよ。では行こうか」

「あ、あぁ、うん」


ずっと玄関で話をするわけにはいかないし、俺は母に「行ってきます」と告げると手塚と共に家を出た。

外はまだ静寂としていて平日であれば学生達で賑わうにはまだ一時間も後になるだろう。そんな空間の中に俺は手塚と並んで歩く。時折、雀の鳴き声が聞こえてきた。


「…それにしても、手塚が迎えに来るなんて珍しいよな。家を出たの凄く早かったんじゃないのか?」

「そんなこと気にするな」

「気にするに決まってるだろう?お前の家と俺の家では方向が違うんだ。そんな早くに家を出て睡眠時間を減らしてると思うと心苦しいだろ」

「お前に早く会いたかったんだ、仕方ない」


…あぁ、もう。またそうやって俺をときめかせることばかり言って…。手塚の本心じゃないのにって頭では分かってるのに胸のドキドキは治まってくれない。


「それにまだお前からの返事を聞かされていない」


その言葉にドキリとした。


「へ…返事って…」

「しらばっくれるのもそこまでにした方が良いぞ。それとも聞き足りないのか?」


そう言うや否や手塚は俺が答える前に耳元で「お前が好きだ」と小声で囁かれる。ボッと顔が赤くなった俺は何て言葉を返したら良いのかと必死に頭を働かせた。


「あー…その、おっ…俺、走りたい気分だからちょっと先行って来る!」


その結果、俺は手塚から逃げるように走り出した。追って来る気配はないみたいだが、それでも溜まった熱を発散させたくて無我夢中で走った。



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