小説
□甘え
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他人に甘えるのも自分に甘えるのも俺自身が許せない。
だが、ただ一人。甘えたい…と思ってしまってる人物が存在する。そんな考えをいくら振り切ろうとしても欲が膨らんでいく一方だった。
「手塚、そろそろ帰ろうか」
「…あぁ」
例えば、部活終わりの部室。校内では唯一二人で過ごすことが出来る空間だが、長くて1時間。それだけでも十分なはずなのにもっと恋人である大石と過ごしたいと思ってしまう。
互いに忙しい身でもあり、休日は部活がほとんどのため二人きりになる機会はそんなに多くない。だからもっとと欲張ってしまうのだろうか。
「忘れ物はないか?」
「あぁ、大丈夫だ」
じゃあ、行こっか。そう言ってテニスバッグを手にする大石に心の何処かでまだ行きたくはないと思い、それが行動に現れたのかバッグを担ごうとするその袖を俺は無意識に引っ張ってしまっていた。
「…手塚?」
ハッと気付いた時には「袖にゴミがついていた」なんて言い訳が通用出来ないくらいに強く引っ張っていた。大石は不思議そうに首を傾げて俺の顔を覗き込む。
「あ…いや、すまない。何でもない」
慌てて引っ張っていた手を放すが大石はジッと俺を見たままで部室から出ようとする気配はなかった。
「何でもないのに服を引っ張るのか?」
「……」
肯定も否定もすることが出来ずに思わず大石から目を逸らす。
「…手塚、何かあったんじゃないか?それなら言ってくれ」
優しく声をかけられ、ぎゅっと抱き締められる。心配をしてくれる大石を余所に俺は優しい温もりと大石の匂いに酔ってしまいそうになった。
だが、何かを言わなければ。黙ったままでは大石に心配ばかり掛けさせてしまう。でも、何て言えばいいのかよく分からない。甘えたいと素直に言ったら良いのだろうか。それを言うのも何だか気恥ずかしい。
だから言葉で伝えるよりも行動で示してみる。背中に手を回し、自分からも抱き締めて大石の肩に頭を乗せ、ぐりぐりと甘えてみる。
大石の表情は見えないが、俺の頭をぽんぽんと叩いては撫でているので優しい表情をしているんじゃないかと感じた。
「…手塚。寂しかったのか?」
「…分からない。ただ、大石と二人でいる空間にずっと浸りたくて……その、甘えたくて…」
肩に乗せていた頭を離し、おずおずと大石の表情を窺うと、彼は照れ臭そうに笑っていた。
「嬉しいな。二人きりでいたいってだけじゃなく、甘えたいって思ってくれて」
「…当たり前じゃないか」
好きなんだから、とまでは言えなかったが大石ならきっと分かってくれているはず。
「なぁ、手塚。下校時刻だからこれ以上は部室にいることは出来ないけど…遠回りして帰らないか?」
「あぁ」
「あと、今度の休みの日はさ、俺の部屋でゆっくりしないか?二人きりでさ」
休日を共に、と誘う大石に俺の顔が熱くなってきた。
「…あぁ」
素っ気ない返事をしたかも知れない。だが、大石が満足そうに微笑んでいる所を見るときっと俺は顔を赤くしているんだろうなと思った。