小説

□惚薬 <2日目>
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俺は夢を見ている。こんなに夢だと自覚出来る夢は初めてだ。
だって手塚の声が聞こえるんだ。辺りは真っ暗なのに怖くない。手塚の声が聞こえるから安心する。額に手を当てられて少し気持ちいい。ずっとこうしていたい。

そう思う俺の気持ちとは裏腹に段々と現実へと引き戻されるかのように頭が覚醒する。せっかく手塚の声が聞けたのにもう覚めなきゃいけないのか。

もっともっと手塚の夢を見ていたいのに俺はゆっくりと目を開けた。頭がボーッとする中、自分の部屋の天井が見える。俺はあの後どのくらい寝たかな。


「……手塚…」


夢に浸っていたかった俺はぽそっと呟いてみる。返ってくるわけでもないのに。


「なんだ大石?」


……えっ?

現実だと言うのに聞こえてきた手塚の声に俺の胸が高鳴った。天井を見ていた視線を少し右にずらすと、そこには紛れもなく手塚の姿があった。


「…まだ、夢を見てるのかな…」

「夢に俺が出ていたのか、それは嬉しいものだな」


まだ夢の中だと思っていた俺は目の前の人物が本物の手塚だと分かると自分が病人というのを忘れそうになりながら慌てて飛び起きた。


「えっ!?な、なんで手塚がここに!?部活はっ?」

「もう終わっている。俺はお前の見舞いに来たんだ。一応メールを入れたが、その様子だと見ていないようだな」

「えっ?」


手塚の言葉に俺は慌てて隅に置いてあった携帯を確認する。時間を見れば既に夕方、いつの間にか長時間寝ていたようだ。そしてメール受信箱を見れば未読メールが何件か入っていて、英二や不二達のメールもあったが、手塚からのメールは2件入っていた。
ひとつは俺が部活を休む件について了解したのと俺を心配する内容。もうひとつは今から見舞いに家に向かうという内容。


「本当だ…」

「それよりも具合はどうなんだ?」

「あ…えっと、朝よりは楽になったと思うよ」

「ふむ、そうか」


俺の言葉にひとつ頷くと、手塚はしゃがみ込んで俺の額に手を当てた。先程見た夢と同じで、それを思い出すと体温が上昇していく。


「…ちゃんと計らないと分からないが、少し熱いな」

「うぅ…」


きっとそれは手塚のせいだ。…なんて言えない。


「だが、思っていたよりも元気そうで良かった。また悪化させない内に俺は帰るとしよう」

「あ、うん。ごめんな、手塚。部活を任せた上にわざわざお見舞いにまで来てくれて…」

「気にするな。とにかく今はゆっくり休め」


手塚は布団をぽんぽんと叩き、早く寝るように催促する。俺はそれに甘えてゆっくりと布団の中に潜り込んだ。


「ありがとう、手塚」

「礼はいい」


そう言うと手塚は立ち上がるかと思いきや、また俺の額に手を当てて前髪を掻き上げる。また手塚の温もりを感じることが出来て、その心地良さに目を閉じた。すると額に一瞬だけ違うものが触れ、ちゅっと音が聞こえた。俺はすぐに目を開けると、手塚の顔がすぐ近くにあって思わず目を見開く。


「えっ…。て、手塚…今何を…」

「告白の返事待ちでもあるからな。本当はその口にしたかったが…額で我慢してやったぞ。では、またな」


何をしたかは口にしないまま手塚はゆっくりと立ち上がり、俺の部屋を静かに出た。とても優しい表情で。
彼から説明はなかったものの、俺は手塚に額をキスされたんだ。思わず額に手を当てて、ここに唇を落とされたんだと思うとまた顔が赤くなる。

しかし、熱を出してすっかり頭が回っていなかったが先程まで俺と話をしていたのは手塚であって手塚でないことに気付いた。
そう、彼は惚れ薬を飲んでしまって俺を好きになった手塚なんだ。俺の額にキスを落としたのも本当の手塚の意思ではないし、見舞いに来たのもきっと好きになった相手だからだ。今思うと昨日の保健室で傍にいてくれたのも送ってくれたのもそうに違いない。

…胸がちくちく痛くなる。

俺が好きなのは俺のことを好きになる前の手塚なのに今の俺のことを好きになった手塚を好きになりかけている。
このままでは後に辛い思いをするだけ。早くこの気持ちを振り払わなきゃ。

あと1日。あと1日辛抱すればいつもの手塚に戻るんだ。今日あったことも全部忘れて。

明日は何事もないように過ごせることを祈って俺は目を閉じた。



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