小説
□疲れ知らず
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「…暇、だな」
そして休日を迎えた俺は自身の部屋に置いてあるアクアリウムを見つめながらぽつりと呟いた。俺が一生懸命作った小さな世界を眺めるのは本当ならば時間なんて忘れるくらい飽きないんだけど、手塚が気になって集中出来ない。他にするべきことはないかと考えるもやはり思い付かなくて…。いや、むしろ何もしたくないのかも知れない。何をしようにも手塚のことが頭から離れないんだ。
…手塚、ちゃんと休めてるかな。
また何かしら仕事を済まそうだなんて思ってないだろうか。あとでちゃんと休めているか電話してみよう。
そんなことを考えながら水槽の中の住人達に餌を与える。するとインターホンが鳴り響いた。
母さんは買い物でいないし、妹は友達の誕生日会だと言って名一杯おめかしをして先程出たばかりなので家には俺しかいない。そういえば今日は宅配便が来るって言ってたっけ。夕方頃に届く予定なのに時間はまだ昼になったばかり。随分と早いな。
時計を見て不思議に思いながらも自分の部屋から出ると、そのまま玄関へと向かった。
「はーい」
インターホンの音に答えるように返事をしてガチャッとドアを開けると、そこには不機嫌に眉を寄せる手塚の姿があった…。
「……」
「て、づか…」
怒ってる。きっと、いや、絶対に怒ってる。俺は昨日手塚に一日中妹と付き合わなきゃいけないって言ったんだ。なのにこうして家にいるのはおかしい話なんだ。
ふと手塚の持っている紙袋に目が入った。見覚えのある店名の書かれたそれは近くにある書店の物だった。どうやら手塚は本を買ってからこちらに来たに違いない。でも、どうして分かったんだ?
「…さっき、お前の妹と近くで会った。友達の誕生日パーティーに呼ばれていたそうだ。ずっと前からの約束だった、と」
「う、うん…」
あぁ、最悪だ。妹と会ってそこまで話をしていたんだ。言い訳すら出来ない。
「…今日は妹と買い物に行くんじゃなかったのか」
「えっと……その、ごめん…」
「俺が聞きたいのは謝罪じゃない。昨日お前が言ったのは嘘なのか?」
「…うん」
何処か冷たい手塚の声に俺は体を強張らせ手塚の目を合わすことが出来ずに俯く。
「理由を聞かせてもらおうか」
「……手塚が疲れてると思って…」
観念した俺はぽそっと理由を呟いた。顔を少し上げてちらりと手塚の様子を窺うと、また眉間の皺が寄っていた。まだ意味が分かっていないと目で訴えかけられる。
「…手塚、ここ最近は生徒会の仕事ばかりだったから疲れが溜まってるんじゃないかと思ったんだ。だから、休みの日くらいは手塚にゆっくりしてもらいたくて…」
「……」
手塚は何も答えない。その沈黙が凄く怖かった。
「手塚…」
「…お前は…そんなことを気にしていたのか」
「ごめん…」
「いや、謝らなくていい。…だが、最近忙しかったのは事実だ。大石が俺の為にと考えてくれたのは嬉しい」
「でも、結果的に手塚を怒らせてしまった…」
「もう怒っていない。理由が分かったのだからな」
確かに手塚の表情は先程みたいな厳しいものではなかった。
「…俺はお前がいないとゆっくり休めない」
「えっ?」
「大石と一緒だから俺の体は休まるんだ。だから、お前は先読みして俺に気を遣う必要はない」
「手塚…」
ありがとう。そう呟いた後に俺達の会話はそこで終わってしまった。これからどうしよう、と考えるも手塚の手には買ったばかりの本が入ってるので帰って読んだ方がいいんじゃないだろうか。
「大石。また余計なことを考えているだろう」
「そ、そんなことないよ」
「ならば家にお邪魔してもいいだろうか」
「えっ、でも手塚…」
「嫌か?」
「嫌、じゃない。嬉しいよ…だけど…」
「でも、だけど、は言うな」
そう言って手塚は俺の唇に人差し指を当てた。そんなちょっと強引な手塚にドキッとしたのはここだけの話。
その後、俺は手塚と一緒に部屋でゆっくりまったりと休日を過ごしたのだった。水族館へ行くのは来週と約束して。