小説

□触れて怖いもの
1ページ/1ページ


何だろう。最近、手塚が俺に触れて来なくなった。どちらかと言うと触れるのを避けられている気がする。

俺の考えすぎなら良いんだけど。


「なぁ、手塚。そこにあるジャージ取ってくれないか?」


恋人と二人きりの部室。外は強い風が吹いてるのかビュービューと音が聞こえる。只でさえ部室の中も寒いのに外はもっと寒いのか何て考えながら制服に着替え終えた俺は身形を整え、ベンチの上に置かれているレギュラージャージを取ってもらうように既に制服に着替えた手塚に頼んだ。


「…あぁ」


少し戸惑いを感じる彼の声に嫌な予感がする。
ちらっと手塚を横目で見るとちゃんとジャージを取ってくれている。見た感じでは嫌々ではなさそうだ。だが、問題はここから。


「大石」


手塚に呼ばれ後ろを振り向くと、彼が持って来てくれたジャージを受け取ろうと手を伸ばす。
わざと手塚に触れようとジャージではなく、それを持つ手に触れようとした瞬間。


「っ!」


逃げるように手を引っ込められた。
何かに怯えるように俺の手から逃げる手塚。その手には触れることなくジャージの落ちる音だけが虚しく聞こえた。


「…すまない」

「いや、ジャージくらい何てことないさ」


ひょいっとジャージを拾い上げて埃を軽く払う。
正直、ショックだった。手塚から触れられることもなければ俺から触れることも拒まれるなんて。


「……俺のことが嫌いになったのか?」


そう聞かずにはいられなかった。
ジッと見つめながら言った俺の言葉に手塚の目は驚いたように大きく見開く。


「何故、そんなことを言うんだ」

「だって、手塚…俺と触れるのを嫌がってるみたいじゃないか」

「それは…」


言いにくそうに言葉を詰らせ、伏し目になる手塚を見て最悪な展開が頭の中で繰り広げられる。
手塚の口から聞かされる理由が怖い。


「…すまない、今のは忘れてほしい。ちょっと急用も思い出したから、先に帰ってくれ。鍵もちゃんと閉めておくから」


俺に触れたくない理由を聞きたくなくて、自分から逃げるように手塚から背を向けて部室から出ようとした。


「…待ってくれ大石!」


バチッ


「っ!」


手塚が俺の手を掴もうとしたのだろう。軽く指先が手塚に触れられると小さな音と共に弾けるように俺の手から慌てて離れた。
そんな過剰なまでの反応と小さく漏れる手塚の声に俺は後ろを振り向いて見る。そこには静電気が起こっただけのことなのに手を押さえて、ふいっと恥ずかしげに俺から顔を逸らす手塚の姿があった。

まさか…と思って俺は手塚に確認してみることにする。


「手塚…お前、静電気が怖いのか?」

「……」


何か言いたげな表情を見せるも、言い訳する内容が思い付かず諦めたのか渋々頷く。
そんな手塚に張り詰めていた緊張の糸が切れた俺は思わず吹き出してしまった。


「笑うな。…だから、言いたくなかったんだ」


ぼそっと呟く手塚。それに加えて静電気に恐れる手塚が妙に可愛らしかった。だけど俺に触れるのを躊躇していた理由がそれで良かったと何処かで安心する俺がいる。


「ごめんごめん。でも、ホッとしたよ。俺のこと嫌いとかじゃないんだよな?」

「…そんなわけないだろう」

「だってあんな態度されちゃそう思うぞ?」

「それは…すまない。この時季になると静電気が辛いんだ…。ドアを開ける時や人と触れる時とか色々…」


確かに静電気を好む物好きはそうそういないが、手塚がここまで静電気を嫌がるのはちょっと珍しいかも知れない。でも、またひとつ手塚のことを知れたと思うと笑みがまた溢れる。そんな俺を見てからかわれてると思ったのか、手塚は眉を寄せてムッとした表情をする。


「っ…帰るぞ」


テニスバッグを肩に背負い、帰る支度が整った手塚が先に出入口であるドアへと向かう。俺も慌てながら手にしていたジャージを無造作にバッグに詰め込んですぐに手塚の後を追う。
すると手塚はドアの前で立ち止まり扉を開ける様子は見えなかった。


「手塚?…あ、そっか」


ドアノブは金属製。静電気が発生する確率は低くはないだろう。きっと手塚はこれで何度か静電気を食らってたに違いない。
そんな様子を想像してみてはまた可愛らしい手塚の姿が容易に想像出来てしまったため、笑いを堪えるのに必死になる。それを隠すため咳払いをして誤魔化す。


「手塚。そういう時は恐る恐る触るより、思いきって触る方がいいらしいぞ」

「そうなのか?」


分かった。と続けると手塚は戸惑いながらも手をドアノブへ向けて伸ばす。だけど静電気に対する恐れが拭えないせいか、やはり思いきって触れることは叶わずゆっくりした手つきのまままたバチッとした音が聞こえ彼は再び手を引っ込ませる。


「……」

「これから練習あるのみだな、でもよく頑張ったよ」


先程より眉間の皺が増えた手塚の肩をポンッと叩き、俺が代わりに部室のドアを開けてあげた。冷たい風が身体中にぶつかってくる。やはり外は寒い。


「すまない、大石」

「これくらい気にするなよ」


静電気ひとつで戸惑う手塚も可愛いけど、他の人に見せるのは凄く勿体ない気がする。だから今度手塚に静電気除去ブレスレットでもプレゼントしようかな、と考えながら俺は手塚と一緒に帰路についた。



 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ