小説
□惚薬 <1日目>
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「好きだ、と言ったはずだが?」
その低く囁いた色付く声に体が痺れるような感覚に陥った。今まで以上にドキドキする。体が沸騰してしまうほど熱い。
「て、づか…」
やっぱり昨日のは聞き間違いでも幻聴でも何でもない、現実だった。もう、自分を誤魔化せない。手塚は確実に惚れ薬の効果が効いている。
「大石。お前はどうなんだ」
「お、俺は…」
そんな愛しげな目で見つめられたらこのまま身を任せてしまいそうになる。
俺だってお前が好きなんだよ。そう声に出して言いたい。好きで好きで堪らなくてずっと抑え隠していたのに爆発しそうなんだ。だけど、今の手塚は薬のせいで俺に一時だけ気があるだけ。だから早く手塚には目を覚ましてほしい。
「……」
俺の答えを待っている手塚はただただ俺を見つめていた。
すると部室の外から聞き慣れた声が聞こえて来る。英二と不二だ。英二の明るい声がよく聞こえ、俺は慌てて手塚の横をすり抜ける。
「えっと、俺…先にネットを張ってくるよ」
手塚の顔を見ることなく俺はすぐに部室のドアへと手を掛けた。その瞬間、自分の意思ではない力でドアが開いた。扉の向こうにはドアノブを握る不二とその隣に英二が立っていた。
「あ、おはよう…」
「おはよう、大石。もう行くの?」
「あぁ…」
「おっはよーん!おーいしー!今日もダブルスの練習頑張ろーねん」
「そうだな、待ってるから早く来いよ」
軽く話をしてから決して二人に悟られないように手塚から逃げようと、すぐコートへと向かった。正直二人が来てくれてホッとした。もう少し遅かったら俺きっとあの状況に流されていた。手塚は薬のせいであぁなってるんだから俺がしっかりしないと。
しっかりしなきゃいけないのに…。手塚に好きだってあんな真剣な目で言われたら…誰だってぐらついてしまう。あんな手塚を見るのは初めてだ。
「…あと2日なんて長いよ」
今日も部活あるし、明日明後日の土日は学校はないけど部活はあるんだ。今日みたいにまた手塚と二人きりになる機会はいくらだってあるんだから…心臓が持たなくなる。まだ手塚が惚れ薬を飲んで1日も経っていないのに、先が長い。
その後、部活中は何事もなく終わった。副部長としての仕事をこなすために部長の手塚に何度も話をする機会はあったが、手塚は至って普通の、いつも通りの対応をしてくれた。それには少し安心する。部活に支障は出したくはないし。
だけど、部活後の授業中では手塚とどう接しようかとか、手塚に分かってもらうにはどう説得しようかとか色々考えた。そして考えていく内に手塚に好きな人が出来たらあんな風に告白するのかなって思いながらまだ分からない未来の手塚の相手になるであろう人にちょっと嫉妬してしまう。考える内容が脱線する度に頭をふるふる振ってみるものの、なかなかいい案が出ないまま体のだるさだけが増していく。
それでも何とか授業は全て乗りきったし、あとは部活だけ。部活が終わったら何も考えずにすぐに寝よう。そう決めていた。
「はぁ…」
だけど少しの練習で打ち合うも思うように体が動かなくてミスショットばかり打ってしまう。
きっと、何人かは俺の異変に気付いてるかも知れない。
「大石」
そんな俺を見かねたのか手塚が試合を終えた俺のもとにやって来た。手塚に呼ばれる声に内心ドキドキした。…でも、大丈夫。二人きりじゃなければ手塚は普通に接してくれる。
「…何だい?」
「ミスが目立つようだが…やはり体調が思わしくないんじゃないのか?」
「そんなことないよ。平気だから……」
ぼーっとする。体がまた重くなった気がして何だか立つのもしんどい。何も考えたくなくて…いや、何も考えられないんだ。
ぐにゃり。世界が歪んだ気がした。
そこで俺の意識は途切れた。