小説
□惚薬 <1日目>
1ページ/3ページ
手塚に好きだって言われた後、喜びよりも先に落胆の方が大きかった。
彼は惚れ薬のせいで俺を好きになってしまったんだ。だから今の手塚は俺の知っている手塚ではない。
告白をされたあと後、暫くその場で固まったように立ち尽くした俺は深刻な事態になっていることにようやく気付き、走って帰った。
そして帰宅後すぐに不二に連絡した。どうすればいいか分からないから不二ならば何とかしてくれるんじゃないかと期待をして。
「ふ、不二!あの惚れ薬の効果はどうすればすぐに切れるんだっ?」
『どうしたのいきなり?嫌いな相手に飲ませちゃった?』
「いや、そうじゃなくて…。とにかく元に戻す方法を教えてほしいんだ!」
『…残念だけど、3日経って効果が切れるのを待つしかないね』
「それしかないのか?」
『時間が経たなきゃ効果は切れないんだよ』
「…そう、か。分かった、ありがとう不二。それじゃあ…」
すぐには戻れないと聞き、何とも言えない気持ちのまま不二との電話を切って、俺はベッドの上に倒れるように寝転んだ。
何もする気が起きない。
手塚に惚れ薬を飲ませた原因が俺のため、どうすることも出来ない自分に苛立ちを覚える。
あぁ、俺は何てことをしてしまったんだ。あの時、手塚が薬を持った時にすぐにでも返してもらったら…。いや、そもそも薬を机の上に置かなければ…。
回避出来るチャンスはいくらでもあったのに何一つ出来ていない自分に嫌気が差す。
「ごめん、手塚…ごめん」
何度も謝罪の言葉を呟く。こんな形でお前を裏切ってしまった俺は本当に酷い奴だ。
その後、食事をする気分にもなれず、明日からどうやって手塚に接したらいいか分からないまま気がつけば朝を迎えてしまった。一睡もしてない体は鉛のように重くて、だからといって学校を休むわけにはいかないのでその体に鞭を打つ。
朝食さえも喉には通らない。だが、昨日の夕飯もあまり食べていないため家族には心配掛けたくないので無理やり胃袋に詰め込んだ。正直気持ち悪い。
それでもいつも通りに家を出て、そしていつも通りに一番に部室のドアを開ける。二番目に来るのが手塚ではないことを祈りながら。
二番目に来るのはいつも不二だったり乾だったりたまに手塚だったりとバラバラなので誰が来るのか予測がつかない。
制服からレギュラージャージへと着替えながら手塚と二人きりにならないのを心の底から願う。
「おはよう、大石」
だが、俺の祈りは届かず、振り向けばそこには手塚がいた。いつもなら内心喜んで舞い上がるというのに今はそれどころではない。
「お、おはよう手塚」
ちゃんと、笑って言えただろうか。
「いつも早いな、お前は。もう少しゆっくりしてもいいんじゃないのか」
「そんなことないよ、好きでやっていることなんだしさ」
…昨日のことについては何も言わないし、何もなかったかのように話をする手塚。もしかして本当に何もなかったんじゃないだろうか、俺の聞き間違いか…それとも手塚が好き過ぎて幻聴でも聞こえてしまっただけかも知れない。もし、そうだとしたら相当重症だな、俺。
「――…いし…大石?」
「え?…あ、ごめん。何?」
「顔色があまり良くないみたいだが、大丈夫か?」
「あ…うん。大丈夫だよ」
「…そうか」
――顔色、悪いのかな。寝れてないだけだからみんなに心配掛けないようにしなきゃ。
そんなことをぼんやり考えていると急に額をぺたっとひんやりと冷たい何かを当てられた。ハッと気付くと手塚の手のひらが俺の額に当てられている。そして、綺麗に整った顔が凄く近くにあって俺の心拍数が上昇する。
「…少し熱っぽいのではないか?」
顔を覗き込まれる。手塚との距離は数十センチくらい。とても近すぎる。
「だい、じょうぶ…だよ」
「本当にか?」
「うん」
むしろ手塚の顔が近くにあるだけで熱が出てしまいそうだ。
「そうか。…そういえば昨日の返事をまだ聞いてなかったな」
額から手を離した手塚の言葉に俺はドキリとして別れ際の時のことを思い出す。いや、まさかあれのことじゃないよな…俺の聞き間違いか幻聴なんだし。
「昨日の…返事って?」
「言っただろう。昨日の帰り道で最後に俺がお前に言った言葉だ」
「ご、ごめん…。何の話、だっけ…」
顔が近いままの手塚と目を合わすのが耐えられなくなった俺は斜め下に目を逸らしながら、手塚に何の返事かを質問し返す。すると手塚は俺の耳元に顔を寄せて囁いた。