小説
□惚薬 <0日目>
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「て、手塚…。お帰り、終わったのか?」
手塚…だった。
先程、邪な考えを張り巡らせていたせいで罪悪感が胸にちくちくと突き刺してくる。
俺がそんなことを考えていたとも知らずに手塚は「あぁ」と頷く。すると俺を見ていた手塚の視線は段々と机の方へと向いていった。
「……栄養ドリンクか?」
「え?あ、あぁ。そうだよ」
机の上にある例の小瓶を見て手塚が俺に訊ねる。まさかそいつに触れてくるなんて思ってもみなかった俺はドキッとしてしまい、内心色々と焦ってしまう。
「…そういえば、最近体のだるけさを感じるんだ」
「えっ、大丈夫か手塚っ?体調が悪いんじゃないのか?」
普段話されることのない手塚の体調。いつもは誰にも悟られまいと言うように俺が気付くまで隠してる彼が弱音を溢すかのように呟いた。手塚が口にするまで体調を見抜けなかった自分が恥ずかしい。もしかしたらずっと我慢していたのだろうか。自ら言い出すくらいだ、きっとそうなんだろう。
「ごめん…手塚。俺がついていながらお前の体調の変化に気付いてやれなくて…」
「いや、重いものではなくて気持ちから来るものだ。そんなに思い詰めるな」
「だけど…。あ、今日は俺が残りの仕事をするから手塚は早く帰って休んでくれ」
日誌と備品のチェックくらいだし、一人でも出来る作業だ。手塚が体調悪化する前に何とか元気になってもらわないと。
「な?」と彼に同意を求めるように言うが、素直に言うことを聞いてくれるほど手塚は甘くはない。
「いや、大丈夫だ。その栄養剤をいただけば元気になるだろう」
「…えっ?」
気付いた時には手塚があの惚れ薬の小瓶を手に取っていた。未開封であるその蓋をキュッと捻って開けると、おもむろに彼はそれを一気に飲み干した。全てがスローモーションのようにゆっくりしているように見えていたにも関わらず、俺はそれを止めることが出来なかった。いや、少し期待をしていたのかも知れない。
だけどラベルも貼ってない物なんだぞ、少しは警戒しろよ。と思う反面、俺に心を許してくれてるんだと思うと凄く嬉しくなる。
そのあと、冷静になれと言わんばかりに急に頭が冷めてきた。
そしてとんでもない過ちを冒してしまったことに気付く。
「てっ、手塚っ!お前大丈夫なのか!?」
「先程から大丈夫だと言っているだろう。勝手に飲んでしまったのは詫びるが、おかげでだるけがなくなってきた」
焦って空っぽになった小瓶と手塚を交互に見る俺とは反対に手塚はいつも通り至って冷静であった。だが、今彼が飲んだのは即効性の栄養ドリンクじゃなく惚れ薬なんだ。そして不二の話ではそれを飲んだあと最初に見た相手に…惚れる、って。
この空間には手塚と俺しかいないから…だから…。
「手塚…」
「どうした?」
俺に惚れてしまっただろうか…?
「気分が悪くなったり…その、おかしくはないか?」
「心配性だな、お前は。何ともないから早く仕事を済ますぞ」
「あ、あぁ…」
いつもと何ら変わりのない手塚に少しホッとした。手塚には惚れ薬は効かないようだ。
そして手塚が机の上にある日誌を開き、椅子に座ると今日の出来事を書き始めた。俺もまだ終わらせていない備品チェックを再開させる。
暫く無言で互いの作業に集中させた。俺がチェック用紙にペンで全ての備品のチェックを記入し終えると手塚に背を向けていた俺は彼の仕事が終わったか気になり後ろを振り向いた。
「あっ…」
「……」
目が合った。いや、目が合ったというか、手塚がずっと俺の後ろ姿を見ていた…と言うべきなんだろうか。俺は言葉に詰まり何か喋らないとと思い口を開く。
「えっ、と…そっちはもう終わったのか?」
ペンを置いてる所を見ると恐らくそうなんだろう。
…いつから俺を見てたんだろうか…。
いや、たまたま…だよな。俺の気にしすぎなんだよ。
「あぁ、終わったぞ。大石は?」
「俺も終わったよ。…それじゃあ、帰ろっか」
手塚は頷き、互いに帰る準備を始めた。いつも通りに。
「じゃあな、手塚。また明日」
帰り道、いつも通り手塚と他愛のない話をして分かれ道に差し掛かった後にいつも通りに別れようとした。
あれから特に手塚には変化はなくて惚れ薬の効果は全くないみたいだ。安心した。
「あぁ……大石」
「ん?」
「好きだ」
そう告げると手塚は何もなかったように俺とは違う方向へと帰って行く。
俺はその背中を見つめながら頭は真っ白になってしまった。