小説

□惚薬 <0日目>
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誰にも知られずにずっと秘めておくつもりだったんだ。

だって、好きだなんて言ってしまったら全てが崩れる。俺と手塚の関係、全国大会優勝、そして手塚の夢、全部が。
だから俺の気持ちは手塚にとっては邪魔なものでしかならない。手塚の足手纏いにはなりたくはないんだ。

だから、何があっても…。


「ねぇ、大石。惚れ薬があるんだけど試してみない?」


揺らぐことはないと思っていた。





「へ?」


それは部活後の部室での話だった。部室には俺と不二の二人しかいなくて、手塚は竜崎先生と話をしている為まだ戻っておらず、英二達は何故か知らないが不二に急かされて先に部室から出て行った。だからいつもなら騒々しいはずの部室はしんと静まっていて変な感じがした。
だけど、突然口を開いた不二の言葉に間抜けな声を出した俺は備品チェックの作業を途中で中断してしまい、仲間である不二に目を向ける。既に着替え終えた不二の手には茶色い小瓶があった。


「惚れ薬だよ。どういう物なのかは言わなくても分かるよね?」

「え、あっ…うん。…って、そんなものが存在していたのか?」


惚れ薬。一瞬思考が停止するものの、本当にそんな薬が実在するなんて思ってもみなかった。だってそれは小説とか漫画とかでしか存在しない物だと思っていたから。


「存在するから僕が今こうして手にしてるんだ。入手経路は秘密だけど、僕には必要ないから君にあげるよ」


はい。と言って彼は俺に小瓶を渡して来た。思わず両手で受け取ってしまった俺は慌ててそのまま不二に突き返す。


「お、俺はいいよ!俺だって必要ないしさ」

「大石だって好きな人くらいいるでしょ?使ってみたいと思わないの?」


そりゃあ、好きな人くらいは…。

そう思って思い浮かんだのはただ一人。青学の部長、手塚国光。
憧れでもあり、尊敬をもする彼に惚れ薬を使うなんて…。


「不二、やっぱり俺は…」


ラベルの貼ってない栄養ドリンク剤にも見える小瓶をぎゅっと握り再び不二に返そうと彼に目を向けると小瓶を渡した張本人は今にも帰ろうと部室のドアノブを握って扉を開けていた。


「あ、その惚れ薬は飲んだあと最初に見た相手に惚れるから注意してね。因みに効果は3日しか続かなくて効果が切れたら3日間のことは全て忘れるから」


薬の説明をするだけして不二は「じゃあね」と言って俺が呼び止める前に彼は出て行ってしまった。
俺だけしかいなくなった室内にパタンと扉の閉まる音がやけに大きく響く。俺は小さく溜め息を吐き捨て、黙ったまま手に持ってる小瓶を見つめる。


「……」


これを手塚が飲んだら俺を好きになってくれるかな…。

無意識に思ったことに俺はハッと気付いて、邪念を払うようにぶんぶん首を振った。

俺、なんてことを考えていたんだろう。薬を使ってまで無理やり手塚の心を振り向かせるなんて…もしも手塚に好きな人がいたらどうするんだ。手塚の気持ちを無視した一番酷いやり方じゃないか。


「俺…最低だな」


それに俺の気持ちはずっと表には出さないって自分自身で誓ったじゃないか。

はは、と乾いた笑いを残して俺は惚れ薬を机の上に置いた。


「明日、不二に返さなきゃ」


このまま持っていたら危ない。そう思いながら中途半端にしていた備品チェックを再び始めようと備品チェック用紙を挟んだボードを持った途端、部室の扉が開いた。そのガチャッという音に俺は体を跳ねさせて扉を開けた人物を見る。



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