小説

□月夜の幻影
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大石が眠りに入り、すぐに手塚は彼の寝息を聞こうと顔を近付けさせる。そして寝ていると判断すると前髪を撫で上げた。


「…せっかく、手塚で来てやったのに夢で済ますんか」


少し不満気な声でぽつりと呟くと手塚…と思われていた男は仁王であった。手塚のオーラ、雰囲気、全てを彼に成り済ましたので本物と勘違いしてくれるなら未だしも、夢と決め付けてなかったようにされるのは仁王としてはとても不服である。ウィッグなどがないので見た目を騙すには内面やその人物を纏う空気を完全にその人物と同じでなければ苦労するが、今回は洞窟内で夜であり、騙そうとしていた相手もしっかりとした意識を持っていなかったため上手くいったのだが、最後の彼の台詞に仁王は手塚として偽っていたのが無駄になったような気がしてならなかった。


「お前さんが寝言で手塚手塚言うから、見せてやったんじゃ。少しは感謝くらいせんか」


コン、と軽く小突いてみるものの、大石は特に反応はなかった。だが、その寝顔は何処か嬉しそうな表情を見せている。

仁王は大石がよく溜め息を吐いてる姿を見ていたため、何となくその理由を聞いてみるも何もないと嘘を吐いたことにはすぐに見抜いていた。詐欺師を騙すのにはそうとうな努力が必要なのかも知れない。そして先に大石が眠った後で仁王も寝る体勢に入ろうとした矢先、大石の口から「手塚…」と寝ながら青学部長の名前を耳にして少しからかってやるつもりで手塚にイリュージョンをした。
だが、思っていたよりも大石が嬉しそうだったためどの時点でバラしてしまおうかというタイミングを失ってしまい結局仁王だと明かすことはなかった。


(…まぁ、別にえぇんじゃがの)


ただの気紛れ、興味本意でイリュージョンをしたが、笑っている大石の姿を見て彼の胸中は小さな火が出て来たことにまだ気付かなかった。



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