Amaretto

小娘と七人の侍
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「胸の音がだいぶ穏やかです。薬がいい具合に、効いて来ているようですな。」

小五郎や坂本があちこち奔走して探して来てくれた医者の言葉に、俺は喜びを噛み締める。

「本当に…ここ最近の回復力の高さには、目を見張る物があります。」

「そうだろう。」

俺は着物を直しながら呟く。

丁度そこに、様子を見に来た小五郎が入って来た。

「調子はどうだい?」

「はい。非常に良い方向に向かっております。なにより高杉様の生命力が素晴らしい。病を乗り越えて、生きようという意志がとても強く感じられます。」

「小五郎!生きたいと思う生き甲斐だらけだからな。俺は死なんぞ!」

「ふふ…わかっているよ。それでも無理は禁物だけどね。」


「では次に、名無しさまのご様子を、診てまいりましょう。」





「うむ…悪阻も終わり順調なようです。」

いつもはつわりを軽くするお灸を先生にしてもらっていたけど、今日はもう、すっかり気分がいい。

「ふふっ…ありがとうございます!」

「お顔の色も良くなり、目も輝いている。良いややこが産まれてくることでしょう。」

「本当につわりの時はどうなることかと思いましたが、今はすっごく元気になりました。」

「産は病にあらずです。健やかに過ごされますよう…。今日より、普段と変わらぬようお過ごしになって構いません。」

「はいっ。」

「ご無理はもちろん禁物です。竹刀などはお振りにならずに、散歩程度でお願い致します。」

「は…はい!わ、わかりました。」

**



午後になると、薩摩藩での会合があると皆、出かけて行ってしまった。

もともと広い屋敷だけれど、さすがに6人の男の人が出払っているとなんだかもっと広く感じる。

「あ…紅葉…綺麗…。」

そう。あの時はこの庭に菖蒲が咲いていて、一面満開で菖蒲の青がとっても眩しかった。

すっかり秋になって、今は紅葉の赤がとっても綺麗。
おんなじ庭なのにこうやって季節ごとに表情を変えるんだな。

澄んだ青い空に、紅葉の赤にぽかぽかの太陽の光…。



「また動いたかっ?」

突然、後ろから高杉さんの声がかかった。

「お出かけじゃなかったんですか?」

「大まかな流れは、もう出来上がってるからな。あとは小五郎に任せて先に帰って来た。」

高杉さんはそう言うなり、縁側にごろんと身体を寝かせて、座っていた私の膝を枕にしてお腹に耳を当てる。

「お〜い。聞こえるか〜。」

両手を口の前に持って来て、お腹の赤ちゃんに向かって高杉さんが囁いた。

「もしなあ〜、俺に万一のことがあってもおまえが名無しを守るんだぞ〜?」

「た…高杉さん…!」

「黙って聞いてくれー。これからの時代はな、剣で切り開いて行くんではなく、頭を使って生きて行くんだぞー?」

「…………。」

「もしもな…もしも、だぞ?もしも俺が傍らにいることができなくても、武市がいるからなー。あいつに聞けばなんでもわかるから、あいつもおまえの父親だから、ちゃんと言うことを聞くんだぞー?」

私は高杉さんの髪の毛をそっと撫でた。私のお腹に当てている高杉さんの両手から熱が伝わってくるのがわかる。

「おーい。聞いてるか?俺はすっごく幸せだぞー。」

温かな陽に当たって黄金色に輝く高杉さんの髪の毛を指ですいて、私は一粒、涙を落とした。


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