Amaretto

あたらしいカタチ
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女将さんは座り込んでいる私の顔を覗き込んだ。

「いやあ。名無しちゃん、真っ青やないの…。」

「…な、なんだか気持ち悪く…て。」

「そしたら、ちびっと横になって休みなさい。今、お布団敷いてあげるわ。」

「あ、大丈夫…です。」

そう言って立ち上がろうとした瞬間、突然吐き気がして思わず部屋から廊下に出てしまった。

「〜〜〜〜〜」

胃液のようなものが口の中に広がり、なんだか吐きたいのに吐けない。

「んん…うっ…」

苦しくて、むかむかして、でも吐けなくて…こんなことは初めてだった。

女将さんが駆け寄り、私の背中を擦ってくれてぽつりと言う。

「名無しちゃん、あんた…やや子ができたんだわ。」







「なぬ!?名無しのお腹に赤ん坊がおると!?」

さすがの坂本君もその事実には驚愕の色を隠せないようだった。

「ああ。」

「ぬぬぬ…!っして、桂さん、そん赤ん坊は一体誰の子なんじゃあ?」

「晋作と…」

「と?」

「武市さんの子だよ。」







わしは訳が分からんかった。名無しが高杉さんと武市の子を宿している、と桂さんは言う。

「ちょっ…ちょっ桂さん、順を追って説明してくれんと解らんぜよ。どうして名無しのお腹に高杉さんと武市の子がおるんじゃ?」

「正確に言えば、晋作か武市さんのどちらかの子供ということだね。」

「なんじゃあ!?武市がいつのまに…!」

わしは頭の中の記憶の糸をたどってみた。そんなことが、わしの知らぬ間に一体いつ…。

「あの時…?」

「ああ、菖蒲の盛りの頃だ。一度、下屋敷に三人で馬を走らせに行ったことがあっただろう?」

「あの夜に!」

武市と高杉さんと名無しが…。

わしには考えられぬことだった。そんなことがあの三人の間にあったとは…。

わしは思わず拳を握り歯を食いしばる。

「…坂本君、落ち着いて聞いて欲しい。」

わしの憤りを制するかのように、冷静な声色で桂さんが続けた。

「すまない。坂本君には本当に世話になりっぱなしで、このような我が儘な話を言うのは心苦しい。しかし、冷静に聞いて欲しい。名無しさんを身ごもった子供ごと、この長州に預けてはくれないだろうか?」

何故、このようなことを桂さんがわしに頼んでいるのか…。


その理由は充分に理解しておった。


「君も知っての通り、もう晋作は長くは…ないのでね…。」





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