Amaretto

とどかないおもい
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寺田屋に戻って、女将さんにさっきまであったことを話した。

「いやあ…。ほんまにまた今日も会ってしもたんやねぇ…。」

「はい。遅くなって本当にごめんなさい。」

「ええんよ。そんなことより鼻血のほうは大丈夫かい?」

「はい。」

「ほんでも、あの新撰組の土方はんが、じきじきに介抱してくれはったなんて、名無しちゃん、女冥利に尽きるやね。」

「土方さんって、そんな有名なんですか?」

「ほりゃあ、もう。土方はんゆうたら『鬼の副長』以外にも女ったらしで有名ですわね。」

うーん。つまりは土方さんって、いわゆる危険な男なんだ…。

「しばらく外出、自粛かなあ…。」

もう、会えないのかも。

うん。しょうがないよね…。

実際、私それどころじゃないし…。

私がこっちに来るきっかけになった神社も探さないといけないのになぁ…。

ため息をつきながら縁側に座って庭を見ていたら、龍馬さんがやってきた。

「名無しさん、さっき女将から聞いたがよ。」

「はい…。また新撰組の人と関わっちゃいました。」

「土方くんと縁があるんかのう?」

にっこり笑いながら、私の横に座る龍馬さん。その屈託のない接し方を見ていたら、自分の軽はずみな行動に申し訳ない気分でいっぱいになってしまった。

「やっぱり私、ここにいちゃいけないんでしょうか?」

「何故、そう思う?」

「なんだかこのままだと私の存在によって、凄く龍馬さんたちを危険な目に遭わせちゃうんじゃないかって、怖いんです。」

たしかに私は歴史のこととか詳しくないけど、さすがにこの時代が私のいた時代とは違って、とてつもなく死が身近にあることがわかる。

「わしらはお尋ね者の身の上じゃ、いつ何時どんなことになるかは重々わかってここにおる。そこにおんしが加わったからといって、大して変わりはせん。」

「龍馬さん…。」

「でもここでもう一度、名無しの身の振り方をまた考えにゃならんか…。」

そういうと龍馬さんは両の握り拳を上げて、想いっきり伸びをした。


**

それから三日後、

私は薩摩藩邸で厄介になることとなった。

「懸命だな。やはり私のところに逗留するのが小娘には一番いいことだろう。」

「大久保さん、くれぐれも名無しを頼むがよ。」

「名無し、大久保さんのもとにいればなんの心配もいらんき。ちくっと寂しくなるが、わしらもしょっちゅう薩摩藩邸に行くから心配はいらんがよ。」

「名無しさんも安心して、探している神社も探せる。寂しくなるけど、またすぐ会いに行くからね。」

「そんな心細そうな顔をするな。薩摩藩邸に行っても時々稽古を見てやる。」

「姉さん、本当しょっちゅう俺らは行くし、寺田屋と薩摩藩邸は目と鼻の先なんで、心配はいらないっス。なにか困ったことがあったらなんでも言ってくださいっス。」

「うん、みんなありがとう。」

「では、小娘。そろそろ行くぞ。小娘の荷物は後で邸の人間に引き取りにこさせる。」

皆にしばしのお別れを告げて、私と大久保さんとで寺田屋を後にした。

「何も案ずるな。藩邸の暮らしもすぐになれる。」

大久保さんがいつになく微笑みかけるように言う。

あれ?

大久保さん‥やさしい??

「はい。あらためてこれからよろしくお願いいたします。」

そう言って、深々を頭を下げると

「くっく。今日は借りて来た猫のようだな。そんな小娘も悪くはないが…。」

と、いつもの調子で笑ってくれた。
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