Amaretto

小娘と七人の侍
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遅い…。

慎太たちを待っていたが、いっこうに戻って来る気配はない。先生もここに着くなり、高杉さんが名無しを産婆のところに連れて行ったと聞き、そのまま出て行ってしまった。

俺は業を煮やし立ち上がったところで、部屋の襖がガラリと開いた。

「以蔵くん!お待たせしたっス。」
そこには息を切らした汗だくの慎太が立っていた。

「名無しは大丈夫なのか?」

「姉さんは今、長州藩邸で休んでいるっス。」

「いったい何があった?」

「以蔵くん、俺ら全員、今から長州藩で暮らすことになったっス。」

「全員!?」

「とりあえず、以蔵くんに知らせるために走って来たっス。今から姉さんの荷物を持って長州藩に行くっス。」

「…先生も、そこにいるのか?」

「武市さんはこれからのことを高杉さんや龍馬さんたちと話し合ってるっス。」

「わかった。急ごう。」




藩での手続きのため高杉さんと桂さんは中座し、残されたわしと武市は向き合って話をした。

「昼間、大久保さんから隠密に聞いた話によると、今後より一層、京の警備が厳重になるそうだ。」

「むむむ…。あと一息というところで、気の抜けんところじゃ。」

「そう言う意味でも、長州藩に寄せてもらうことは有り難い。名無しさんの身体のことを考えれば、僕たち全員がここでお世話になるのが一番、いいと僕も思う。」

「名無しのお腹にいる子を、高杉さんはああ言っておったが、武市…おんしはどう思っとるがじゃ?」

「僕も同じだ。」

「…同じというと?」

「名無しさんから生まれる子供は、僕と高杉さんの子供だ。」




あれ…?

ああ、なんか凄いぐっすり眠ってた。とっても安らかに…。

ん…。

天井を見上げたら、そこには見慣れない部屋だったことに気付く。

あ…ここ…。

そこは長州藩のお屋敷で、私がいつも泊まるときに使わせてもらっている部屋だった。

「目が覚めたかい?」

襖のむこうから桂さんの声がかかった。

「あ…。」

「ふふっ。入ってもいいかな?」

「あっ/// ど、どうぞ…。」

桂さんの顔を見るなり、私は布団から上半身を起こそうとした。

「うっ…。」

やだやだ。なんだか起き上がったら、凄くムカムカする…。これって…?

「悪阻のようだね。大丈夫かい?」

…これって、つわりだったんだ。そう言えば最近なんだかちょっと味覚が変わったのかなって、思うことが良くあったんだよね…。

ぼんやりそう思いながら口元を押さえる。

「まだ無理をしないで、寝ていたほうがいい。今は安心して休みなさい。」

「で…でも…。」

「大丈夫だよ。皆で話し合いをしてね。名無しさんが安心して過ごすために、最良の方法をとったんだよ。だから名無しさんは、なにも心配しないで元気な子供を産むことだけ、考えて過ごせばいいんだ…。」

桂さんは静かな優しい声でそう言うと、私の額にそっと手を当てた。

その手がなんとなくひんやりとしていて、凄く気持ちが良くて、私はまた再び深い眠りに入っていった。




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