Amaretto

あたらしいカタチ
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すっかり秋めいて、京はとても美しい。直々に話があるということでわしは一人、長州藩に赴き、通された部屋から庭の紅葉の木を眺めていた。

「まだ、完全に色づいてないが綺麗だろう?」

音もなく近付いて来た声の主に目をやると、その切れ長の瞳をきゅっと細め、微かに微笑んでわしを見下ろす。

「いやあ、まっこと美しい。紅のような赤の手前でまだ青い部分を残している紅葉もまた愛らしい。」

「ふふふ…まるで名無しさんのようだとは思わないかい?」

「むむ?名無しのようだと…?」

「ああ。坂本君、今日はその名無しさんのことで話があってね。」

そういうと、桂さんはわしの横に並ぶように胡座をかいて座り、同じように庭の紅葉の木に目をやった。



「坂本くんは気付いてるんだろう?」

わしの目を見ず桂さんは、当然そうであるような口ぶりでさらりと話し出す。

わしが頷くと、ふっと微かに笑っているような、それでいて泣いているような顔をして向きを変え、改めてこちらを見据えこう言った。

「坂本君、名無しさんを晋作にくれないだろうか?」


「………!」

突然の桂さんの申し出にさすがのわしも唖然として二の句が継げない。

「もう一度言う。坂本君、名無しさんを長州に預けて欲しい。」


「かっ、桂さん…いやあ、これに限ってはたまらんぜよ…!第一名無しは、誰のもんでもない。あん娘の意志というもんがあろう。こればっかりは、わしやあんたや高杉さんでどうこうできるもんでなかろうに。」

驚いて捲し立てるわしの目を見ながら桂さんは落ち着いた調子で返した。

「見当違いな物言いだと言うことは充分理解しているよ。」

「桂さん!だったら何故…!?」

「しかし、そのような悠長なことを言っている段階ではないんでね。」

「…そ、それはどういうことなんじゃ?」




あれから1週間…。

特になにも変わったことはなく、私は寺田屋で皆と過ごしていた。

高杉さんに求められた翌日…武市さんにそれを咎められて身体を許してしまった、あの日…。

あれから私は高杉さんと武市さん、どちらか選べない駄目な自分を責めて心の中は苦しかった。

二人とも好きだなんて…。

龍馬さんや、以蔵、慎ちゃんに悟られないよう、昼間は努めて明るく過ごしていたけど、夜になると悲しくて寂しくて…。

自己嫌悪と後悔で心に孔が空いたような虚しさが私を苦しめた。

なのに身体は二人を求めて切なくて身悶えして…。

隣の部屋に続く襖に目をやっても、武市さんは何も言って来ない…。昼間は変わらず優しくて何でも教えてくれる武市さん…。どうして?って疑問をぶつけたくても自分からは何も言うことができなかった。私一人が苦しいんだろうかって、悩んで…でも誰にも相談できなくて…。出口のない迷路にはまり込んでしまったように、自分ではどうすることもできない日々だった。

相変わらず4人とも昼間はとても忙しく、大義のために奔走していて落ち着いて話すこともなく秋は深まっていって…。

高杉さんからもあれから何の連絡も来ない。ことを荒立てたくないからほっとしている反面、心のどこかで誰かにこの中途半端な気持ちに決着をつけて欲しいとも思っている自分がいて…。

「は〜、私ってこんな狡い子だったの?」

誰にとでもなく呟いて空を見上げた。



「名無しちゃーん。いてはる?」

その時、下から女将さんが私を捜している声が聞こえた。

「あ!はい!」

私は慌てて立ち上がろうとした時、めまいがしてそのまま座り込んでしまう。



「名無しちゃーん?」

女将さんが降りて来ない私の様子を見に二階まで上がって来てくれた。

「あら?どないしたの?具合悪いん?」
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