Amaretto

複雑な景色
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「おい!平助!」

逃げた岡田を追って探している最中、後ろから聞こえる声に振り向く。

「…副長!」

「いいところで会った。こいつを薩摩藩邸まで送ってやってくれ。」

土方さんの傍らにはこのあいだ軒先で介抱していた娘、名無し がいた。

「え!あ…?お、俺がスか?」

「ああ、頼んだぞ。」

「え!あ…しょ、承知。」

土方さんは名無しに向かって

「そんじゃあ、気をつけるんだぞ。」と微笑んだ。

「はい。今日はありがとうございました。」

土方さんと向き合って会釈する名無し…。

立ち去ろうとした、その時、

「ああ、ちょっと待て。」

と、言って俺の目の前で、土方さんは名無しの着物の襟裳と袷を手で直してあげたのだった。

「………。」

見れば、副長の下唇の端が切れて血が滲んでいる…。

「………。」

「じゃあな。」

「はい。」

見つめ合うふたり…。

俺は訳が分からなかった。



薩摩藩邸までの道のりを平助くんと歩く。

「…おまえ、薩摩藩の人間だったのか?」

黙っていた平助君が突然、私に聞いた。

「え?ん…まぁ、そう。」

一応、私は大久保さんの縁者と言う事になっていたのを思い出し、何となく口を濁して答えた。

「あのさ…。」

「なに?」

「…聞いて、いいか?」

「はあ?」

「うちの副長と、なんかあったのか?」

「///あ?…ええっと、さっき土方さんに助けてもらったんです。」

「また具合が悪くて、倒れたのか?」

「い…いえいえ!!違うのっ…えっと、さっき新撰組に追われている人に…私、出くわしちゃって…ええっと、刀を突きつけられて…それで土方さんが助けてくれたんです。」

「え!それって、もしかして岡田か!?」

「え?あ…ああ、土方さんもその人のこと『岡田』って、言ってました。」

「そうか〜。だからおまえの着物が乱れたり、土方さんの唇が切れてたりしたんだな?」

うっ…そ、それは違うかも…。

「ん?」

戸惑っている私の顔を、平助君がそのくりっとした目で覗き込んだ。

「///ん…まぁ、そうかな?」

恥ずかしくて、とっさに答える。

「そっか、だよな…!ははっ!俺、なんか変に勘違いしちまったよ。」

「はは…そうです。勘違いです。…。」

「そっか…、おまえ、薩摩藩の人間なのか…。」

「え?」

「ん?ああ、いや、なんでもない…!」

平助くんは何か言いたげだったけど、大きく首を振った。


**

薩摩藩邸に着くと、私と平助くんを見るなり門番の人が駆け寄って来た。

「名無しさま、ご無事でしたか!どこかお怪我はございませんでしたか!?」

何人かの藩士の人たちも門の外に出て来て、そのうちのひとりの人が大久保さんを呼びに行ったようだった。

大久保さんは私を見るなり近寄って来たけど、すぐその横にいる平助くんの浅葱色の羽織姿を見て、眉間にしわを寄せ目を細めた。

「ご苦労だった。」

「自分は新撰組八番組長、藤堂平助であります。」

「…そうか。覚えておこう。世話になったな。」

私には何も聞かずに、そのまま私の背中に手を添え、すぐさま門の中に入るように促される。

「あ…、平助くん。今日もほんと、ありがとう。」

慌ててそう言うと、大久保さんはジロリと私を睨み、私を連れてそそくさと門内に入った。あっと言う間のことに平助くんも言葉を失っていたみたいだった。

私を見失った時、お付きの人があちこち探しまわってくれたようだったが、見つからず慌てて藩邸に戻り、何人かの人たちが捜索に当たってくれていたようだ。

無事、私が戻った知らせを受け、藩邸全体に安堵の空気が漂った。


部屋に戻るために 長い廊下を先に歩く大久保さんがくるりと振り返り口を聞いた。

「小娘…なにがあった?」

「…あの、街中で人混みに流されてしまって以蔵に助けられました。」

「……。」

「そしたら新撰組の土方さんに見られて、とっさに以蔵が私を人質にとったように見せかけ、隙を見て以蔵は逃げました…。」

土方さんの名前を聞いて、大久保さんの眉毛がぴくりと動く。

「わかった…。怪我はないのだな?」

改めて、大久保さんは私の顔をまじまじと見つめる。

「はい。」

「ならは良い。部屋に戻って夕餉の時間まで、休んでいろ。」

「…わかりました。」

私はなんなく気まずくて、伏し目がちにうなずいた。

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