Amaretto
□複雑な景色
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「おい!平助!」
逃げた岡田を追って探している最中、後ろから聞こえる声に振り向く。
「…副長!」
「いいところで会った。こいつを薩摩藩邸まで送ってやってくれ。」
土方さんの傍らにはこのあいだ軒先で介抱していた娘、名無し がいた。
「え!あ…?お、俺がスか?」
「ああ、頼んだぞ。」
「え!あ…しょ、承知。」
土方さんは名無しに向かって
「そんじゃあ、気をつけるんだぞ。」と微笑んだ。
「はい。今日はありがとうございました。」
土方さんと向き合って会釈する名無し…。
立ち去ろうとした、その時、
「ああ、ちょっと待て。」
と、言って俺の目の前で、土方さんは名無しの着物の襟裳と袷を手で直してあげたのだった。
「………。」
見れば、副長の下唇の端が切れて血が滲んでいる…。
「………。」
「じゃあな。」
「はい。」
見つめ合うふたり…。
俺は訳が分からなかった。
*
薩摩藩邸までの道のりを平助くんと歩く。
「…おまえ、薩摩藩の人間だったのか?」
黙っていた平助君が突然、私に聞いた。
「え?ん…まぁ、そう。」
一応、私は大久保さんの縁者と言う事になっていたのを思い出し、何となく口を濁して答えた。
「あのさ…。」
「なに?」
「…聞いて、いいか?」
「はあ?」
「うちの副長と、なんかあったのか?」
「///あ?…ええっと、さっき土方さんに助けてもらったんです。」
「また具合が悪くて、倒れたのか?」
「い…いえいえ!!違うのっ…えっと、さっき新撰組に追われている人に…私、出くわしちゃって…ええっと、刀を突きつけられて…それで土方さんが助けてくれたんです。」
「え!それって、もしかして岡田か!?」
「え?あ…ああ、土方さんもその人のこと『岡田』って、言ってました。」
「そうか〜。だからおまえの着物が乱れたり、土方さんの唇が切れてたりしたんだな?」
うっ…そ、それは違うかも…。
「ん?」
戸惑っている私の顔を、平助君がそのくりっとした目で覗き込んだ。
「///ん…まぁ、そうかな?」
恥ずかしくて、とっさに答える。
「そっか、だよな…!ははっ!俺、なんか変に勘違いしちまったよ。」
「はは…そうです。勘違いです。…。」
「そっか…、おまえ、薩摩藩の人間なのか…。」
「え?」
「ん?ああ、いや、なんでもない…!」
平助くんは何か言いたげだったけど、大きく首を振った。
**
薩摩藩邸に着くと、私と平助くんを見るなり門番の人が駆け寄って来た。
「名無しさま、ご無事でしたか!どこかお怪我はございませんでしたか!?」
何人かの藩士の人たちも門の外に出て来て、そのうちのひとりの人が大久保さんを呼びに行ったようだった。
大久保さんは私を見るなり近寄って来たけど、すぐその横にいる平助くんの浅葱色の羽織姿を見て、眉間にしわを寄せ目を細めた。
「ご苦労だった。」
「自分は新撰組八番組長、藤堂平助であります。」
「…そうか。覚えておこう。世話になったな。」
私には何も聞かずに、そのまま私の背中に手を添え、すぐさま門の中に入るように促される。
「あ…、平助くん。今日もほんと、ありがとう。」
慌ててそう言うと、大久保さんはジロリと私を睨み、私を連れてそそくさと門内に入った。あっと言う間のことに平助くんも言葉を失っていたみたいだった。
私を見失った時、お付きの人があちこち探しまわってくれたようだったが、見つからず慌てて藩邸に戻り、何人かの人たちが捜索に当たってくれていたようだ。
無事、私が戻った知らせを受け、藩邸全体に安堵の空気が漂った。
部屋に戻るために 長い廊下を先に歩く大久保さんがくるりと振り返り口を聞いた。
「小娘…なにがあった?」
「…あの、街中で人混みに流されてしまって以蔵に助けられました。」
「……。」
「そしたら新撰組の土方さんに見られて、とっさに以蔵が私を人質にとったように見せかけ、隙を見て以蔵は逃げました…。」
土方さんの名前を聞いて、大久保さんの眉毛がぴくりと動く。
「わかった…。怪我はないのだな?」
改めて、大久保さんは私の顔をまじまじと見つめる。
「はい。」
「ならは良い。部屋に戻って夕餉の時間まで、休んでいろ。」
「…わかりました。」
私はなんなく気まずくて、伏し目がちにうなずいた。
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