sweets

水密桃
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「は〜、やっぱり江戸時代も夏は暑いんだぁ…。」

当たり前だけど。

当たり前なんだけど、この京都の夏のあまりの暑さに思わず唸る。

ううん。京のせいだけじゃない。

着物って、やっぱり暑い…。

「あ〜Tシャツとショーパンがいいかもぉ…。」

いやいや、そんな事を言ってもしょうがない。




だって…

だって、私、利通さんと結婚するんだから。

こっちの時代で生きて行くって、

決めたんだもの…。

そう、私たちは秋に祝言をあげることとなった。

「しゅうげん…」

言葉はピンとこないけど

「結婚するんだ…私…」

こうやって口に出してみる、と、

…なんか、気恥ずかしい。

正直言えば、嬉しさと不安が半分半分…。

大好きな…利通さんと一緒にいたいから自分で決心したことだし、後悔はない。

でも、一年とちょっと前まで合宿で竹刀振ってて、普通の女子高生で、今頃だったら高3だから大学受験の勉強まっただ中だった筈の私なのに…。

…結婚するんだ…私。

利通さんと…。


「ふしぎ…。」


と、呟いていたら


「何が不思議なのだ?」

振り向くと大好きなその人が、こちらを見下ろして佇んでいた。

「利通さん!おかえりなさいっ」

ああ…やっぱり嬉しい…!

「ほれ」

「?あー桃!」

利通さんから渡された風呂敷の中には美味しそうな桃が
ふたつ入っている。

「出先でもらった。立派な桃であろう?」

鮮やかな赤桃色に甘い香りを放ったそれは、ずっしりと重量感があった。

「いい匂い…。」

「ふふ…」

目線をそのまま、利通さんに向けると小さく笑っている。

「ふふ。女子が桃を持っている姿はなかなか官能的ではある…。」

「え?」

「いやいや、独り言だ。冷やしてあとで一緒に食べよう。
着替えてくる。手伝わなくとも良いから、それを井戸の水で冷やしておけ。」

そう言って、利通さんは部屋に向かって歩いて行った。

私はたらいに井戸水を汲んで、ふたつの桃を浮かべた。

たらいの中で仲良くちょこんと寄り添う二つの桃

綺麗な色…。なんて瑞々しいんだろう。

「いやあ〜、立派な桃やねえ。」

と藩邸で働いている女中さんに声を掛けられる。

「大久保さんがさっき、お土産にって。よかったら一緒に食べませんか?」

「ふふふ…かなわんわあ。そら名無しちゃんと食べよ思て、大久保様が持って来やはったモンやろ。こないな立派な桃なんて珍しいんさかいに。無粋なことさせんといて…。」

…そうか。

これだけの桃だもの、そこいらで実ってましたっていう物ではないと思うし、どこかで献上されたものをお裾分けでもらって来たのかも…。

「ほんまにあんさんは大久保様に愛されとるのな。あの気難しい大久保様があんたが来てから、毎日とっても嬉しそやもん。」

と、笑いながらその女中さんは行ってしまった。




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