sweets
□水密桃
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「は〜、やっぱり江戸時代も夏は暑いんだぁ…。」
当たり前だけど。
当たり前なんだけど、この京都の夏のあまりの暑さに思わず唸る。
ううん。京のせいだけじゃない。
着物って、やっぱり暑い…。
「あ〜Tシャツとショーパンがいいかもぉ…。」
いやいや、そんな事を言ってもしょうがない。
だって…
だって、私、利通さんと結婚するんだから。
こっちの時代で生きて行くって、
決めたんだもの…。
そう、私たちは秋に祝言をあげることとなった。
「しゅうげん…」
言葉はピンとこないけど
「結婚するんだ…私…」
こうやって口に出してみる、と、
…なんか、気恥ずかしい。
正直言えば、嬉しさと不安が半分半分…。
大好きな…利通さんと一緒にいたいから自分で決心したことだし、後悔はない。
でも、一年とちょっと前まで合宿で竹刀振ってて、普通の女子高生で、今頃だったら高3だから大学受験の勉強まっただ中だった筈の私なのに…。
…結婚するんだ…私。
利通さんと…。
「ふしぎ…。」
と、呟いていたら
「何が不思議なのだ?」
振り向くと大好きなその人が、こちらを見下ろして佇んでいた。
「利通さん!おかえりなさいっ」
ああ…やっぱり嬉しい…!
「ほれ」
「?あー桃!」
利通さんから渡された風呂敷の中には美味しそうな桃が
ふたつ入っている。
「出先でもらった。立派な桃であろう?」
鮮やかな赤桃色に甘い香りを放ったそれは、ずっしりと重量感があった。
「いい匂い…。」
「ふふ…」
目線をそのまま、利通さんに向けると小さく笑っている。
「ふふ。女子が桃を持っている姿はなかなか官能的ではある…。」
「え?」
「いやいや、独り言だ。冷やしてあとで一緒に食べよう。
着替えてくる。手伝わなくとも良いから、それを井戸の水で冷やしておけ。」
そう言って、利通さんは部屋に向かって歩いて行った。
私はたらいに井戸水を汲んで、ふたつの桃を浮かべた。
たらいの中で仲良くちょこんと寄り添う二つの桃
綺麗な色…。なんて瑞々しいんだろう。
「いやあ〜、立派な桃やねえ。」
と藩邸で働いている女中さんに声を掛けられる。
「大久保さんがさっき、お土産にって。よかったら一緒に食べませんか?」
「ふふふ…かなわんわあ。そら名無しちゃんと食べよ思て、大久保様が持って来やはったモンやろ。こないな立派な桃なんて珍しいんさかいに。無粋なことさせんといて…。」
…そうか。
これだけの桃だもの、そこいらで実ってましたっていう物ではないと思うし、どこかで献上されたものをお裾分けでもらって来たのかも…。
「ほんまにあんさんは大久保様に愛されとるのな。あの気難しい大久保様があんたが来てから、毎日とっても嬉しそやもん。」
と、笑いながらその女中さんは行ってしまった。
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