sweets
□ ふたりでお茶を
1ページ/4ページ
ひろーい薩摩藩の庭の中で、私は一心不乱に履き掃除をしていた。
頭の中は真っ白、あと少しでこの一角が終わると思うと
夢中で落葉を箒の先でかき集めていた。
その箒の先の先に目を移すと白い足袋と上等な草履。
ふと顔を見上げれば、そこには
「まったく私に気づかないとは。小娘、無防備にもほどがあるぞ。」
出かけていた筈の大久保さんが立っていた。
「あれ?もうお戻りですか?」
「ふん。退屈しているかと思って早々に帰ってやった。もっと喜べ。」
と、相変わらずの俺様口調。
「ふふっ。おかえりなさい。でも退屈じゃないですよ。
今、庭掃除に熱中してたんですから。」
「熱中するものがあるとは幸いなことだ。もっともそれが庭掃除とは小娘にはぴったりの仕事だがな。」
そういって、大久保さんは私から箒を取り上げると
「ちりとりを持て。」
と言って、最後になった落ち葉の1枚を掃いて
集めた葉っぱをすべてちりとりに収めた。
「ありがとうございます!」
「小娘、ここを片付けて私の部屋に茶を持て。」
そういうと懐から小さなおまんじゅうの包みを出して、私に渡し、背中の帯のあたりをそっと、触れて優しく押した。
.
*
この藩邸に来てからもうすぐ1年。
大久保さんがお仕事で不在の時以外、忙しくなければ
ほとんどこの時間には、二人でお茶を飲むことになっている。
三時の時間。こちらの言葉で「八つ」。ん?そっか‥‥おやつって、私の時代にも普通に使っている言葉だ。
そんな小さな発見に気づいて小さく笑いながら、廊下を進んだ。
「お待たせしました。」
襖を開けて、大久保さんの部屋に入る。
「今日は宝積屋さんのおまんじゅうだったんですね。」
そういってお茶と一緒に差し出すと、大久保さんの手が私の手に触れて両手でそっと包まれた。
「すっかり冷たくなってるではないか。勢を出して掃除をするのも悪くないが、風邪を引いたら元も子もない。」
「‥‥はい。ありがとうございます。」
「くっ。今日は素直だな。茶をもらおう。」
そう言って、いつも通りに入れたとても濃い渋いお茶を大久保さんは啜った。
「‥‥‥。」
私の視線に気づいて、
「どうした?そんな穴のあくまで見つめて?惚れ直したか?」
と、いつものように口の右側をあげて小さく笑う。
.
*
「なんだかとっても不思議な気がして。だって、大久保さんが本当はすごーく優しい人って、私、わかっちゃったんですもん。」
「生意気な。まぁ、それでも私の素晴らしさがわかっただけでも成長したというものだ。褒めてやる。」
「くすっ!ありがとうございます。」
小娘の入れた濃い苗色のお茶を見つめながら、ふと想う。
年甲斐もなく青臭い娘を近くに呼び寄せともに生活していることが、
こんなに楽しいとは。
名無しには一日たりとも私を飽きさせない何か不思議な力が備わっている。
はじめはただただ、向こう見ずな生意気娘の減らず口かと思ったが
まったく私の予想だにしない反応と行動に、会う度、目が離せなくなっていった。
寺田屋での新撰組の御用改め以降、安心して生活できる場所をということで、坂本くんたちに頭を下げられ、預かった。
小娘も最初は戸惑っていた広い藩邸内での生活だが次第に慣れ、
今ではもうすっかり、ずっといるかのように馴染んでいる。
.
*
本当、不思議なかんじ。
この薩摩藩の藩邸に私が住むことが決まったとき、正直に言えばすごく戸惑った。
大久保さんのこと、そのときはもう十分いい人なんだなって気づき始めてたころだったんだけど、
でもやっぱり龍馬さん、慎ちゃん、武市さん、以蔵のいるワイワイしたにぎやかな寺田屋の生活が私には心地よくって
知ってる人が大久保さんしかいない薩摩藩邸に私ひとりが住むことになって、凄く寂しい気持ちがあった。
でもこの時代に自分が安全に過ごせる場所は少ないし、
何より龍馬さんたちが考えに考えて出した結論だったから。
ううん。私自身もここにくる事が、自分のためにも
皆のためにも一番いいんだって、ちゃんとわかってた。
でも大久保さんと仲良くできるのかな?って、毎日、嫌みを言われたり、意地悪されたらどうしよう?って少しドキドキしたりして‥‥。
実際、暮らし始めてみたら、薩摩藩の人たちはとってもあったかいいい人ばかりで、それよりなにより、あの大久保さんが、その人たちにとても慕われて好かれていることがすぐにわかった。
『大久保さんはああ見えても、実は器のでっかい男じゃよ。』
龍馬さんがそんな風に話してた意味がすごくわかる。
いつの間にか私の中で大久保さんはとても大きな存在になってる。
それがどういう感情なのか、まだわからないけど
大久保さんのことがすっごく気になるのは確か。
どういう味付けがすきなのかな?
この髪型はどんな風に思うのかな?
今日のお茶は上手に入れる事ができたかな?
って、考えれば大久保さんのことばかりで、お仕事で遠くに行ってるときは帰ってくる日を指折り待つようになって‥‥。
「‥‥好きなのかな?」
.